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ルイズが魔法学院から抜け出して約十分。 町からも、街道からも離れた、ある貴族の別荘が見えた。 この別荘は、トリスティンの城から見て、魔法学院から更に離れたところにある。 別荘の主を『モット伯』だが、この別荘を『モット伯の娼館』と揶揄するものもいる。 森の中にある別荘は街道からも見ることは出来ない。 しかし、街道を通る行商人たちは、年頃の娘が女衒らしき男に連れられて、森の中に入っていくのを何度も見かけていた。 ドシャッ、と音を立てて、ルイズは森の中に着地した。 別荘の周囲は壁に囲まれており、忍び込むのは容易ではないと感じさせる。 そこでルイズは思考した。 『建物の大きさ、庭の形、衛兵の位置を、空中から見た限りでは、空からの侵入がもっとも確実だが、私は空を飛ぶことが出来ない』 …ふと、ルイズを目眩が襲う。 ブルブルと頭を振って、気を確かにしようと気合いを入れる。 おかしい。何かがおかしい。自分は空を飛べないはずだ。では、どうやってここまで来た? 馬でもない。馬で来るに速すぎる。タバサのシルフィードに乗せてもらえば短時間で来ることも可能だが、そんなはずはない。 空から別荘を見た記憶がハッキリと残っている。自分は、いつの間にか空を飛んだのか!? ゴクリと唾を飲み込み、深呼吸して、考えを中断させる。 「今はシエスタを助けなきゃ」 そう呟いて、ルイズは別荘の正門へと歩いていった。 正門から堂々と入り込んだルイズは、使用人に応接室へと案内され、モット伯の歓迎を受けた。 その途中、女性の使用人を何人か見かけたが、使用人と呼ぶには幼い少女も混ざっている。ルイズはそれに嫌悪感を感じた。 それに気づいたのか、モット伯はルイズに話しかけた。 「ああ、この館の使用人が何かご無礼を致しましたかな?」 「そうとは言ってないわ」 「そうでございましたか。いやはや、彼女たちは貧しい家の出でしてな。私は彼女らに職を与え、教育を施し、生きるための場所を与えているのです。 教育は私の生き甲斐でしてな!」 そう言って高笑いするモット伯に、心底つまらなそうな目を向けると、モット伯は不敵な笑みを浮かべた。 「そうそう、あのシエスタというメイドの事でしたな。彼女は実に気だてが良いのですよ。 良い教育を受けさせれば、メイドだけでなく教育係の口もありましょう。ですから私が彼女を預かろうとしたのです。料理長も快く…」 「快く? なら、あの金貨は何?」 腹立たしさを隠しきれないルイズは、自分の声が心なしか低くなっているのに気づいたが、今更怒りを隠しても仕方ないと考えていた。 「…おやおや、ご存じでしたか。何せ優秀なメイドを引き取るのですからな。私からあの料理長…ええと、確かマルトーと言いましたか、彼へのココロザシというものです」 「そう? まあいいわ。それよりもシエスタに会わせて貰えないかしら」 「ははは、そうそう急ぐこともないでしょう。夜分にこの別荘をお尋ね頂いたのです。シャンパンでも開けましょうか、このシャンパンはなかなか珍しいものでしてな」 モット伯は、まるでルイズを無視するかのように話を続けると、使用人にシャンパンを持って来させた。 「雲が月を隠すと、雲の隙間から鈍い光が漏れます。雨が降った後であれば、月明かりが蛍のように雲を光らせるのです。このシャンパンはそれをイメージしたものです」 シャンパンを開けると、ぼんやりと輝く白い煙が出て、さながら星空のように天井を覆った。 ギーシュとは違う意味でキザったらしい態度を取るモット伯に、ルイズも我慢が出来なくなった。 「もういいわ!シエスタはヴァリエール家で引き取る約束が済んでるのよ!すぐにシエスタに会わせなさい!」 モット伯は貴族ではあるが、ヴァリエール家に比べればその格式には雲泥の差がある。 ヴァリエール家で引き取るのは出任せだが、家の名を使ってモット伯を脅かせば、少しは効果があるはずだと、ルイズは思いこんでいた。 「目も耳もありません」 だが、突如後ろから聞こえた声にルイズは背筋を凍らせた。 ルイズは腰に携えた杖を掴もうとしたが、声の主に腕を掴まれ、杖は床に滑り落ちてしまう。 「光る煙を出すシャンパンなんて悪趣味だと思ったけど、頭の中も悪趣味ね!」 気丈にも腕を掴まれたまま叫ぶルイズ。 ディティクトマジックという魔法がある。 マジックアイテムが仕掛けられていないか、誰かに魔法でのぞき見されていないかを探す魔法で、光り輝く粉が探査領域を舞うという特徴を持つ。 煙を出すシャンパンはカモフラージュだったのだ。 悪趣味なシャンパンが、何らかのマジックアイテムだったとしたら、魔法の使えないルイズでも『怪しい』と気づいただろう。 しかし、ルイズはモット伯の雰囲気に飲まれていたのだ。モット泊はメイジとして強い訳ではないが、自分のキャラクターをよく知っている。 時には人に取り入って、時には人を蹴落として、今の地位を手に入れたのだ。 「いかが致しますか」 ルイズを押さえつけているメイジは、グレーのマントの仲から杖をちらつかせ、ルイズを地面に押さえ込んだまま言った。 モット伯は短く「再教育だ」と言って、気味の悪い笑顔を見せた。 あまりの気味悪さに、ルイズはありったけの罵声を飛ばそうとしたが。 「このヘンタイ!こんな事をし…………!…………!!!…………!」 ルイズの声はモット伯に届くことはなかった。 ルイズはサイレントの魔法をかけられ、まるで荷物でも運ぶかのように地下牢へと運ばれていった。 しばらくして静かになった応接間で、モット伯はルイズの杖を拾い上げると、舌先で握りの部分を舐めた。 ルイズを取り押さえたメイジはそれを見ていたが、さしたる関心を向けることなく、事務的な口調でモット泊に声をかけた。 「先ほどの娘、ヴァリエールと申しましたが」 「ああ? あれは、あのヴァリエール家の三女だ。君は知っているかね?数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール家の三女は、ゼロのルイズと呼ばれている」 「ゼロ、ですか」 「魔法成功率ゼロ、ゼロのルイズ。何とも愉快じゃないか。彼女は魔法を使おうとすると爆発を起こすそうだ」 「爆発?」 モット伯は、オールド・オスマンの部屋にあるものより小さい『遠見の鏡』を見る。 「この別荘には空を飛んで近づいてきていた。フライかレビテーション程度は使えるのだろうが、風を起こそうとしても、練金しようとしても爆発するそうだ」 モット泊と、グレーのマントをつけたメイジは、応接室を出て『教室』と名付けた部屋に向かう。 「『平民』の体はさんざん味わったが、『高貴な貴族』の味も味わってみたくてねぇ。あの娘は出来損ないのメイジだが、ヴァリエール家の三女だ。血統は申し分ない」 「ヴァリエール家を敵に回すことになりますぞ」 「心配はない。魔法の使えぬメイジに貴族の価値はないのだ。そうだな…『世間知らず極まりないヴァリエール家三女は、メイドを探しに危険な森の奥へと入り込み、オークに嬲り殺された』…とういうシナリオはどうかね」 「ありきたりですな」 男は、相変わらず事務的な口調で答えていた。 ルイズは牢屋の中から、周囲を見渡していた。 牢屋は二重構造になっており、通路に面した鉄格子は細い鉄棒で作られている。 牢屋の奥にはもう一つ鉄格子がある。格子の太さは屈強な戦士の二の腕ほど、格子の幅は広く、ルイズならすり抜けることも可能だろう。 奥は暗くて何も見えないが、糞便のような不快な臭いが漂ってくる。 ルイズはやり場のない怒りを発散しようとして、鉄格子を蹴飛ばそうとした。 プギィーーーッ! おぞましい叫び声と共に、鉄格子の奥から毛に包まれた腕が伸びて、その指がルイズの鼻先をかすめる。 「…………!!!」 ルイズは悲鳴を上げたが、サイレントの魔法をかけられたままなので、その声は響かない。 ブギィーーーッ!ギィーーーーッ! 不快極まりない叫び声から、奥の牢屋にいる生き物が何なのか理解できた。 二本足で歩き、人間を待ち伏せして殺すだけの知能を持ち、木の幹を棍棒として使うどう猛な獣、オークだ。 オークは、戦争の道具としてメイジに飼われることはあるが、使い魔になることはほとんどない。 平民を使い魔にした方がマシだと言われるほど、オークは嫌われている。 人間の価値観から見てあまりにも下卑、それがオークへの評価だった。 まれに長老と呼ばれる知能の高いオークもいるらしいが、噂でしかない。 この館の主人がなぜオークを飼っているのか知らないが、ロクな理由ではないだろう。 ルイズは「お似合いね」と、呟いた。 しばらくして、『教室』と名付けた部屋にモット伯が姿を見せる。 ベッドの上に寝かされ、鎖で両手足を拘束されたシエスタは、これから何をされるか分からない恐怖に包まれていた。 「待たせてしまったね」 モット伯はわざとらしく、見せびらかすように、ルイズの杖を振る。 それを見たシエスタの表情が変わった、恐怖とは違う感情がわき上がったのだ。 「さて、シエスタ!君は困ったメイドだ、由緒あるヴァリエール家の三女をひどい目に遭わせてしまうのだからな!」 そう言って、シエスタにレビテーションの魔法をかけ、荷物を運ぶのと同じようにして地下牢へと運んでいく。 地下牢に降りると、シエスタはルイズの入った牢屋の隣に入れられた。 「ルイズ様!」 「………!」(シエスタ!) ルイズがシエスタを心配して声を出そうとするが、サイレントの魔法のせいで声が届かない。 「………!」(あんた大丈夫なの?アイツに何かされてない?) 「ルイズ様…まさか、私を助けに…」 「………!」(べっ、べつにあなたを助けに来た訳じゃないんだからね。ちょっと気になっただけよ) 「そんな、私、こんな迷惑をかけてしまったなんて…」 「………!」(だーかーらー!) 通じているのか通じていないのかよく分からない会話は、奥の部屋から聞こえてきた鳴き声に中断させられた。 ブギィィーーー! ガシャン!と、鉄格子に巨体がぶつかる音がする。 身長2m、体重は400kgを超えるであろう獣の迫力に驚き、シエスタは体を硬直させてしまう。 「さて、今日は何のお勉強をしようかね。…お友達との再会を記念して、友情のお勉強をしましょう!」 そう言うとモット伯は、ポケットの中から鍵を取り出して、牢屋の奥へと投げ込んだ。 鍵はチャリンと音を立ててオークの牢屋に落ちた。 「どちらかが囮にでもなれば、鍵も外せましょう!」 囮? 冗談じゃない。オークの実物を見たのは初めてだが、その残酷さは話に聞いている。 逃げるための魔法も使えないのに、囮になるなんて考えられなかった。 ルイズは、悩んだ。 どう考えても種絶望的な結果しか導き出せないからだ。 「…ルイズ様。マントを、できるだけ大きく、振っていただけませんか」 シエスタの言葉を聞いて、ルイズは頭にクエスチョンマークを浮かべたる。 「牢屋の前でバタバタと振って下さい。オークは、ひらひらした物を見ると、それに興味を牽かれるって、お爺ちゃんが言ってました」 一片の曇りも、迷いもなく、オークを見るシエスタに、ルイズは驚いた。 ルイズにはなるべく安全な手段で囮を任せ、自分は危険な場所へと赴こうとしているのだ。 ルイズは今、杖を持っていないし、自分の味方になるメイジもいない。 しかし今ここに、誰よりも信頼できる『仲間』がいた! 絶望的な状況には変わりないのに、絶望を絶望だと感じさせない。 シエスタの勇気は、今、貴族の誇りよりも遙かに気高く、そして崇高に輝いていた。 ルイズはマントを脱ぐとシエスタの牢屋に投げた、シエスタは驚き、ルイズを制止しようとする。 「…だめです!そんな、危険なことは、私がやります!」 幸か不幸か、シエスタの声に興味を惹かれたオークは、気味の悪い声で叫びながらシエスタの牢屋へと手を伸ばした。 鉄格子をガシャンガシャンと震える。 シエスタは、自分の言葉がルイズを死地に赴かせてしまったのだと悟って狼狽えた。 しかし今更何をすることも出来ない。ルイズから預かったマントを手に取り、闘牛士のようにオークの前へとちらつかせ、必死になってオークを煽った。 ガシャン!ガシャン!と響く鉄格子の音。そしてオークの叫び声。 生きた心地のしなかったが、死んだ気にもならなかった。 ルイズは鉄格子の隙間に体を滑り込ませると、奥に落ちている鍵へと静かに歩く。 ブギィイイイイイイーー! 吐き気のするような声が聞こえてくるが、それほど気にならない。 鍵だけを見て、静かに歩く。 あと5歩。 ギィイ!ピギー! あと4歩。 ガシャン!ガシャン! あと3歩。 ブゥィイイイーーッッ! あと2歩。 ギィィィ!! あと1歩。 きゃあっ! 突然聞こえてきたシエスタの悲鳴に驚き、シエスタを見る。 シエスタはオークの興味を牽こうとして近づき過ぎたのだ。すでに片手を掴まれ、オークの牢屋に引きずり込まれそうになっている。 「やめなさい!」 気づいたときには叫んでいた。 オークの視線がルイズを捉えると、オークはその巨体からは想像も出来ない速度でルイズに接近し、ナワバリを荒らされた怒りをルイズにぶつけた。 強烈な一撃を受けたルイズは宙を舞い、鈍い音を立てて鉄格子に衝突し、力なく崩れ落ちた。 「ほっ!いい見せ物でしたな」 モット伯はそう呟くと、すでに興味は失ったのか、牢屋を後にした。 ルイズとシエスタの体を味わってやろうと思っていたが、オークに蹂躙された後では興味も失う。 オークに触れた者はオークと同じだと言わんばかりの態度で、モット伯は二人を見捨てた。 それが彼の命取りだった。 鉄格子に叩きつけられ、気を失うまでの一瞬の間に、ルイズは意識の中で誰かと会話していた。 『やれやれ…もう少し速く気絶してくれれば助けられたんだがな』 「…誰よ、あんた」 『俺のことはいい。時間がない、少し体を貸してもらう』 「あたしの体を?」 『このままじゃ助けられないんでな』 「助けるって、オークから? あんたが何者か知らないけど、出来るの?」 『ああ、任せな』 ルイズは、見ず知らずの相手に、まるで長年戦いを共にした戦友のような奇妙な感覚を覚えた。 そして「頼んだわよ」と告げて、意識を手放した。 ---- //第六部,スタープラチナ #center{[[前へ 奇妙なルイズ-11]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-13]]}
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タルブを後にし、『燃える水』がある村へ向かうシルフィードの背に、ルイズは乗っていなかった。 「体調が悪いからゼロ戦を運ぶ竜騎士に連れて帰ってもらう」と言ったルイズの言葉にジョセフは嘘を感じ取ったが、あえてそれに深く突っ込もうとはしない。前日の草原でコルベールから告げられた言葉は、彼女に少なからぬショックを与えていたことを知っているからだ。 「……あんまり無理しちゃいかんぞ」 そう言って頭を撫でるジョセフから、ルイズは黙って俯くことで自分の表情を隠す。 結局ルイズは一足先に学院へ帰り、ジョセフ達はゲルマニアへ向かうこととなった。 目的地の村では『燃える水』は実に豊富な湧出量を誇っていた。しかし燃料としては少々燃え過ぎるのが難点の為、あまり需要はないと村人は言っていた。 その為、樽十本分もの『燃える水』を驚くほどの安価で買えたのは僥倖だった。 ロープで繋いだ樽をレビテーションで浮かせ、シルフィードに引かせて学院に帰った頃にはそろそろ日も暮れようとしていた。 早速『燃える水』を媒介としたガソリンの錬金に挑戦するコルベールをよそに、他の面々は旅の疲れを落とすべく大浴場へ向かう。浴場に行けないウェールズは、ジョセフに湯を張ったタライとタオルを塔に運んでもらっている。 ジョセフは平民用の蒸し風呂へ向かう前に、のんびりした足取りで部屋へと帰っていく。 ドアをノックもせずに遠慮なく開けると、部屋の中に主の姿はない。 「……ふぅむ。まあそうだろな」 予想の出来ていた光景に頬をかきつつ、沈み行く日の光を頼りに勉強机へ歩いていく。 そこには旅に出る前にはなかった封筒がある。ヴァリエール家の家紋が描かれたそれを開けると、中から一枚の便箋が落ちた。 その便箋には、非常に簡潔な言葉だけが書かれていた。 『使い魔クビ。早く帰れ』 内容を一読してからもう一度愉快げに音読し、けらけらと笑い声を上げる。 「全く……」 一頻り笑った後、小さく溜息を付いた。 タルブで別れた時に、ルイズが何を考えていたかなど手に取るように判る。 五日後に帰ることが出来るなら帰してあげたい、けれど一緒にいればその決意が揺らいでしまうかもしれない。だから自分は日蝕が終わるまで帰ってこない。そうすれば使い魔は勝手に帰るだろう、と。 「……ルイズよォ、わしにはハーミットパープルがあるんだぞ。ちょっと頑張ればすぐに見つかるんじゃ」 誰に聞かせるでもない独り言を言いながら、便箋をもう一度封筒に入れて元の場所に戻す。 そしてタオルを手に蒸し風呂で汗を流し、すっかり暗くなった頃にウェールズの部屋へ足を向けた。 「やあ、ごゆっくりだねジョジョ。ミス・ヴァリエールはどうしたんだね?」 ドアを開けたジョセフに、ギーシュが声を掛けてくる。今夜部屋に来たのはジョセフが最後だったようで、他のメンバーはルイズ以外全員揃っていた。 「ああ、その件についてちょいとわしから話があってな」 別段深刻でもない声に、黒い琥珀に記憶されている面々はせいぜい主人がまた何かしらかんしゃくを起こしたのだろう、とアタリをつけた。 「わし、使い魔クビになったんで故郷に帰ることになった」 あまりにもあっけらかんと言い放たれたので、言葉の意味を完全に理解するのに全員数秒の時間を要した。 僅かに訪れた沈黙の後、キュルケはワイングラスを小さく唇に傾けて、たおやかな笑みを浮かべる。 「……ごめんなさいね、私何かヘンな言葉を聞いたようだけど。疲れてるのかしら。もう一度、ゆっくりと仰ってくれないかしらミスタ・ジョースター?」 「あー。わし、ルイズから使い魔クビになっちまったんで、いい機会だから故郷に帰ることにしたんじゃよ。具体的に言うと、四日後辺り? 多分それまでルイズは帰ってこないんじゃないかなァ」 これ以上ないほどあっさり紡がれる言葉に、今度こそその場にいる全員の目が一斉にジョセフへ向けられる。 まだジョセフの言葉に真偽を付けかねる中、最初に口火を切ったのはギーシュだった。 「……それは性質の悪い冗談、というワケではないんだね、ジョジョ?」 「冗談でこんなコト言ったらお前らが怒るのくらいは知っとるよ」 「ダーリン、今度は何やらかしたの? 何なら私達がルイズに取り成してあげるわよ」 「どうしてわしがなんかやらかしたのが前提なんか判らんが、まー……あれよ、今回はやむにやまれん事情っつーのがあってな? お互い合意の上なんで心配はしてくれんでもだいじょーぶぢゃ」 「ふむ……それは残念だ、ミスタ・ジョースター。しかし……本当にいいのかい?」 ウェールズの疑問は、その場にいる全員の疑問だった。 ジョセフがルイズを猫可愛がりしているのは何度もこの目で見ているし、ルイズも憎まれ口はきいていても悪い気はしていないのも明らかだ。詰まる話、相性が悪いわけではない。むしろ良好な関係だと言っていい。 だがもっと根本的な疑問がある。メイジと契約した使い魔がどこかに去ってしまうなどということは、この場にいる全員が聞いた事が無い。そもそもジョセフが召喚されてからハルケギニア貴族の常識を覆す出来事ばかりではあったが、それにしても極め付けである。 タルブの草原でコルベールがルイズ達に告げた考えに、メイジ達が至るには然程の時間を必要としない。 名門公爵家の生まれなのに魔法を使えず、ゼロと呼ばれて蔑まれたルイズを再びゼロに戻すばかりか、使い魔が不在というメイジとして致命的な欠陥を持つことになる。 それについては、昨日コルベールから受けた説明で理解している。ジョセフは、ほんの少し寂しげな表情を浮かべた。 召喚されてから今まで見たことのない類の表情に、(ああ、こんな顔も出来たんだ)と誰かが思ったとしても不自然ではなかった。 「この機会を逃したらあと十年は帰れんらしい。それにわしの主人がそうすると決めたんでな。なら、わしもその心配りを黙って受け取るべきだと思うんじゃよ」 老人の割には軽薄な雰囲気を色濃く漂わせるジョセフが、年相応の穏やかな口調で喋る言葉に、友人達は彼の決意の程を感じ取った。例え女王の言葉であっても考えを曲げることは出来ない、という確信があった。 もし彼の意志を曲げることが出来るとすれば、主人であり可愛い孫娘であるルイズしかいない。だがそのルイズがこの場にいない以上、ジョセフがここを去るのは変え様がないという結論に達するのは、当然の結果とも言える。 室内に訪れた気まずい沈黙を破ったのは、切なげに視線を俯かせたギーシュだった。 「そうか……。せっかく仲良くなれたというのに、本当に残念だよジョジョ。だが使い魔をクビになったとしても、また会えないことはないはずだ。今度の夏休みにでも会いに行こうと思うんだが、君は何処に帰るんだね?」 社交辞令にも似た何気ない問い掛けだが、ジョセフはほんの一瞬だけ、どう答えるべきか悩んで視線を宙に彷徨わせた。 「あー……まあどうせ隠さなくちゃならんコトでもないから、もうぶっちゃけちまうか。実はわし、ここじゃない別の世界から召喚されちまっててなー。帰れるチャンスは四日後しかなくて、それを逃したら次は十年後っつーワケなんじゃ」 次から次へと繰り出される爆弾発言のラッシュは、メイジ達の常識を粉微塵に粉砕するには破壊力が大きすぎた。息をするように嘘を吐けるジョセフだが、ここで嘘を言うメリットはさしてないはずだった。 ここでそんな嘘を言う理由は「二度と魔法学院の連中と会う気が無いという意思表示」か、さもなくば「どうしても故郷をひた隠しにしなければならない事情」があるか。 前者だとすれば、そもそもこの夕食の場に来る意味もない。四日ほど姿をくらまして、そのまま帰ればいいだけの話だ。とすれば考えられるのは後者だが、ジョセフの故郷がスタンド能力を持つ者ばかりというのなら、確かに隠さなければならない。 系統魔法とは異なる先住魔法の使い手ばかりとなれば、故郷を知られるということは故郷を討伐するべく軍勢が送り込まれるのは火を見るよりも明らかだ。 だが、そうだとすれば召喚された直後の奇行と称していい無知な様子に説明が付けられない。多種多様な悪知恵が働くくせに、魔法やメイジに関しての知識が完全に欠落していた。 そこから導き出される答えは、ジョセフの発言は嘘ではない、と言うことだ。 「……ちょっと待ってくれ、ジョジョ。だが、そうなると別れてしまえば本当に二度と会えないじゃないか! いきなりそんなことを親友たる僕達に言うだなんて……!」 普段のキザったらしい口調を忘れ、年頃の少年に似つかわしい感情を隠さず張り上げた声に、それまで無言を貫いていたタバサがそっと手を挙げ、ギーシュの言葉を制した。 「二人が出した答えに私達が口を挟むべきではない。このステーキの鉄板が冷めてしまったとしても、ジョセフが翻意するとは到底思えない」 「だが、それにしたって!」 「はいはい、ミスタ・グラモン。ショックなのは判るけど、タバサの言う通りよ。ここで私達が一斉に力ずくで止めればどうとでもなるけれど……それはダーリンにとっていいことなんかじゃあないわよね。ダーリンが故郷に帰ると言うのなら、友人達が最後にどうすればいいか。 貴方も、ダーリンをジョジョと呼ぶのなら……ジョジョ本人の意思を尊重すべきじゃないかしら?」 穏やかに諭すキュルケに、ギーシュはそっと唇を噛んだ。 「判ってる……判ってるよ、ミス・ツェルプストー。だが、ジョジョは……僕にとって、かけがえのない……親友なんだ……」 それだけ言って、力なく目を伏せる。 ふと訪れた数秒の沈黙に、ジョセフはいつも通りの軽い声と共に手を二つ叩いた。 「ほらほら、辛気臭いのはそのくらいにしちまおう。ギーシュがわしを親友と思っているのと同じくらい、わしはお前達を大切な親友だと思っとる。一緒にいた時間こそは短いかもしらんが、お前達と会えて本当に良かった」 同じテーブルに付く一同を見回すと、沈んだ雰囲気を変えるように普段と変わらない明るい声を上げた。 「さァ! あと四日しかないと考えちゃいかん! 逆に考えろ、あと四日もあるってな! 四日もありゃ別れを惜しむにゃ十分すぎる時間がある! ほらほら、もうスープが冷めちまったぞ、これ以上メシが冷めたら勿体無いじゃろ?」 ジョセフの言う通り、テーブルに並んだ皿から立ち上る湯気は目に見えて消えていた。 * 次の日の朝、ジョセフはアウストリの広場に置かれたゼロ戦のチェックに勤しんでいた。 ハーミットパープルを機体に這わせながらコクピットに腰掛けて、操縦桿を握り、各部スイッチを押していく。 どこも問題ない稼動をし、修理しなければならない所も特にない。後はガソリンを入れればこの機体は自由に空を駆ってくれるだろう。 うむ、と満足げに笑ってから、コクピットの後部に備え付けられた通信機を取り外しにかかる。そうでないとただでさえ大柄な身体のジョセフには狭っ苦しくてしょうがない。 どうせハルケギニアにはこの通信機を使う相手もいないのだから、コルベールに渡せばこれを分解して内部構造を理解することで、また何かしらの新しい発明の助けになるはずだ。 取り外した通信機をコクピットから降ろすと、ゼロ戦に立てかけてあったデルフリンガーが暇そうに声を掛けてきた。 「しっかし相棒よ、コレがマジで飛ぶんかね」 「飛ぶ飛ぶ。だが不思議なことがあってな」 「なんだね不思議なことって」 「コイツが飛ぶ理由ってのは、まあ掻い摘んで話せば翼に大量の風を受けることで発生する揚力で空を飛ぶって建前なんだが」 「ふんふん」 「実はその理屈だけだとこんなでっかくて重いブツが飛ぶだけのパワーは発生せんのだ」 「じゃあ飛ばないんじゃないかよ」 「でも何故かは知らんが飛んどるんだよなぁ」 「なんでそうなるのか理屈も判らんような得体の知れない代物を使ってるのかよ、相棒の世界じゃ」 「そんなこと言ったら魔法だってよく判らん理屈だろ。錬金なんか明らかに質量保存の法則余裕無視しとるじゃないか。どうして薔薇の花びら一枚に魔法かけたら青銅のゴーレムが出来るんじゃ」 「相棒の世界にだってスタンドがあるんだからおあいこじゃね?」 「それもそうか」 飛行機が飛ぶ正確な理由を考察する前に、この話題に飽きた使い魔と剣はあっさりと休戦協定を結んでいた。 「それにそんなこたぁどうでもいいんだよ。お前さん、貴族の娘っ子はどうするんだね」 暢気にテレビを見ていたらヨダレ垂らした牛が映った時のような顔をして、ジョセフは横目でデルフリンガーを睨む。 「……お前、わしにどうしても答えを言わせる気か」 「ああ言わせたいね。貴族の娘っ子も大概強情っばりだが、相棒も負けず劣らずってヤツだ。やっぱりなんのかの言ってメイジが呼び出す使い魔は似た者が召喚されるんだねェ」 ケケケ、と意地悪く笑い声を上げるデルフリンガーに波紋蹴りを叩き込んだ。 「ぐぉ! だから俺っちは波紋とスタンドには対応してないって言ってるだろ! いい加減に覚えろ耄碌ジジイ!」 「やかましいッ!」 口をへの字に結んだまま、デルフリンガーを鞘に収めると有無を言わさず波紋入りハーミットパープルで縛り付けて勝手に顔を出せないようにした。 「帰れるんなら帰るがな。だがそれでも、関わっちまったのに放って帰ってメデタシメデタシで終わらせるワケにもいかんだろ……」 はぁ、と溜息をつくと、通信機を肩に担いでコルベールの研究室へと歩き出した。 * 所変わって、トリステイン王宮。 アンリエッタの居室にルイズはいた。 ジョセフ宛の手紙を書いた後、馬を飛ばしたルイズが向かったのはアンリエッタのいる王城だった。 今実家に帰れば、両親や下の姉のカトレアに何があったのかを聞かれることになる。遅かれ早かれ、洗いざらいありのままを語らされてしまうだろう。 そうなれば、学校を勝手に休んで実家に帰ってきたのをこっぴどく叱られるだけではなく、下手すればせっかく元の世界に帰す目処が付いたジョセフをありとあらゆる手段で押さえ付けてくるだろう。 トリステインどころかハルケギニアに並ぶ者無しのスクウェアメイジである母にかかれば、ジョセフでも太刀打ち出来る光景が全く想像出来ない。 かと言って学院にいれば、自分でも何をするものか判ったものではない。しかし他に行く当てがある訳でもない。 消去法的に、ルイズはアンリエッタのいる王城へ向かわざるを得なかったのであった。 だが一週間後に望まぬ政略結婚を迎えようとしている幼馴染は、まるで処刑の日を待つ死刑囚のように表情と感情を失っていた。 突然やってきて面会を願ったルイズに少しばかりの笑みを見せはしたものの、それだけだった。 四日ばかり滞在させてほしい、と言う幼馴染に、アンリエッタは適当な客間を用意した。 「ごめんなさいね、ルイズ・フランソワーズ。これからドレスの仮縫いをしなければいけないの」 形だけの笑みを向けられたルイズは、知らず知らず彼女から目を背けていた。 『ああ、私のルイズ。いつになったら、私はこの鳥篭から出られるのかしら』 そんな言葉を、笑っていない笑顔から読み取ってしまったから。 アンリエッタ本人がそう言った訳ではない。王女本人が、そんな意思をルイズへ伝える意思があったかどうかさえ確かではない。 しかし、ルイズ自身はそう感じてしまった。 それは幼馴染の内心を感じ取ったのかもしれない。勝手に幼馴染の内心を思い浮かべただけかもしれない。 だがルイズは、虚ろな笑みに応える術を何一つ持っていない。 魔法も使えず、使い魔もいない自分には何も出来ないという事は、他ならぬ自分自身が一番良く理解しているからだった。 To Be Contined → 戻る
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予想外の出来事が起こると、思考は活動を停止する。 それはトリステイン魔法学院の貴族達ですら例外でなかった。 ギーシュも、ルイズも、キュルケも、シエスタも。 ただ一人、ジョセフだけが怒りに満ちた眼差しでギーシュを見据えていた。 「……何だね、これは?」 足元に落ちた手袋と、それを投げ付けた平民の老人を交互に見やりながら、ギーシュは静かに言葉を発した。 人は怒りが頂点を突き抜けると、逆に精神は平静に近付くのだという。 この人の輪に加わっている少年少女達は“真の怒り”という言葉の意味は知っていても、それを目の当たりにすることは初めてだった。 だがジョセフはその怒りを見てもなお……いや、むしろ更に怒りを掻き立てるように、口元を笑みの形に歪めた。 「その年で耳が遠くなっとるんならお先真っ暗じゃのォ。じゃあもう一回お前さんの頭でもわかるようにゆゥ~~~~~っくり言ってやろう。 わしゃあお前に決闘を挑んだと! そう言っておるッッ!!」 その言葉に生徒達は、段々と意識を現実に戻してきていた。速度は人それぞれではあったものの、それは静かな水面に小石を落として生まれた波紋のように、彼らに興奮を生み出した。 「け……決闘だッ!」 「それも、平民から貴族にだぞ!」 「有り得ないッ! そんなの見たことねェッ!」 「こいつぁ見物だぞ!?」 そして興奮は、僅かな時さえ置かずして、熱狂を呼び込んだ! 「ちょっ……ちょっと待って! そんなの私が認めないわ! ナシよナシ、そんなの無効だわ!」 人よりやや遅れて正気に返ったルイズが、懸命に間に割って入ろうとした。 が、もはやゼロのルイズ一人の叫びは、食堂にいる全員の歓喜の前には、嵐に対する蚊の羽音程度の意味しか持っていなかった。 ただでさえ体面とプライドを重んじるギーシュが、度重なる侮辱を受けて黙っていられるはずもなく。 退屈な学園生活に飽き飽きしている生徒達が、降って沸いた一大イベントを黙って見逃すはずもなく。 ルイズの言葉は、この場の誰にも届くことはなかった。 「いいだろう……平民風情が貴族に楯突く事がどういう結果をもたらすか、その耄碌した頭に叩き込んでやるッッ!! 二十分後、ヴェストリの広場に来るがいい!」 去り際に、足元に落ちていた手袋を踏みにじり、そしてジョセフの足元へ蹴り飛ばしてからギーシュは足音も荒く生徒達の輪を潜り抜けていった。 ジョセフはくっきりと足跡の付いた革手袋を手に取ると、ズボンではたいて埃を落としてから、義手に手袋を被せようとしたところで。 「こッ……この、ボケ犬ぅぅぅぅぅぅ!!!」 ルイズに臑蹴りを食らった。 「ぐぉ!? あいっちぃ~~~~~。何するんですじゃご主人様!」 蹴られた臑を押さえてぴょんこぴょんこ跳ねながら、ジョセフは形ばかりの抗議をした。 「それはこっちのセリフよボケ犬!! 何勝手に決闘なんて申し込んでるの!? 今からあたしが一緒についてって謝ってあげるから今すぐギーシュを追いかけるのよ!」 「ああ、そりゃあ無理な相談ですなあ。向こうも今更謝られたくらいで許すはずもありませんしなあ。それに……」 茫然自失、という単語をその身で表わして、ただ跪いたままジョセフを見上げているシエスタに視線をやり、ジョセフは静かに言葉を紡いだ。 「何があったのかわしゃ全く知りませんが、あのお坊ちゃんはわしの友人を侮辱した。そいつぁどう逆立ちしても許せることじゃあありませんのでな」 「だからって! 平民が貴族に決闘なんか挑んだって勝てるわけないじゃない! ドットだけれどギーシュはれっきとしたメイジなのよ!? ドラゴンにしなびたニンジンが決闘挑んでるのと同じくらいのことをアンタはしてるのよ!?」 ジョセフはルイズの懸命な主張を聞きながらも、改めて義手に手袋を被せ。そして逆に、ルイズに問い返した。 「ではご主人様は、『ゼロのルイズ』とバカにされて怒りはせんと言うのですかな? あのお坊ちゃんはそれだけのことをしたのだ、とわしは申し上げているのですが」 その言葉は効果覿面だった。 ルイズは瞬時に頭に血を上らせると、その小さな拳でジョセフのボディにストレートを叩き込んだ。 「もう知らないッッ!! アンタなんかギーシュに殺されちゃえばいいのよッッ!!」 そう吐き捨てて、ルイズは生徒達の輪を駆け抜けていった。 目端の利く連中は早速ヴェストリ広場に向かい、観戦に適した場所を取りに走っていた。これから生徒達の退屈しのぎの生贄となる老人を興味深げに見ていた生徒達は、これから数分後に生徒達が集まった広場を見て、自分の迂闊さを呪うハメになるだろう。 ジョセフはルイズに殴られた腹を軽く摩りながら、未だに呆然としたままのシエスタに手を差し伸べた。 「いやはや、災難じゃったのうシエスタ。ケガはしとらんか?」 差し出された手とジョセフを見上げていたシエスタは、やっと正気を取り戻すと、思わずジョセフの太腿にしがみ付いた。 「ジョ……ジョセフさんっ! あっ、あ、あの……! 殺されます! 今すぐ……今すぐ、ミスタ・グラモンに謝りにっ……! 私が、私が粗相したのですから、私さえ罰を受ければいいだけの話なんですからっ……!」 半ば錯乱したシエスタを見たジョセフは、シエスタと同じ目線にまで跪いたかと思うと、彼女の背に太い両腕を回し、緩く抱きしめた。 突然の行為は、突然ジョセフが決闘を挑んだ時と同等の鼓動をシエスタにもたらした。 「なぁに、心配などしてくれんでいい。わしはさっきも言ったが、経緯はどうあれアイツはわしの友人を侮辱した。友人を侮辱されて黙ってられるほど、わしは人間が出来ちゃおらんのじゃ」 力強いジョセフの腕に抱かれている今と、今日会ったばかりの自分を友人と呼んで、自分が侮辱されたからと決闘まで挑んだという事実。 シエスタの心には、まるで乾燥しきった砂漠に水を垂らしたかのように、ジョセフの存在が早く強く染み込んでしまった。 錯乱していた心も、この強い腕なら何とかしてしまうのではないか……そんな錯覚にさえ捕われて、安堵し、落ち着いていった。だが現実がそんなに甘く行かないのは知っている。メルヘンやファンタジーみたいに都合よく行かないのは、良く知っている。 けれどシエスタは、心の中に渦巻く沢山の言葉を飲み込んで。どうしても言わなければならない言葉だけを、返した。 「…………お怪我なんか……されたら、イヤです。必ず、必ず……御無事に、戻ってきてくださいっ……」 感極まってジョセフの胸に顔を埋めるシエスタを、ジョセフは優しく頭を撫でてやった。 「すまんが、ちょっと決闘する前に腹ごしらえなぞしたいんじゃが。ちょっと余り物でええから分けてくれたら嬉しいのう」 波紋で空腹が紛れているとは言え、食うと食わないとではやはり気分が違う。何より、先程食べた脂身の旨さに、粗食を続けているのがどうにもバカらしくなったというのもある。 シエスタはその言葉に、小さく吹き出して。頬に流れていた涙を袖で拭うと、勢い良く立ち上がった。 「でしたら……厨房に行けば賄いがあるはずです。私から事情を話して、分けてもらいましょう」 「おお、それは有難い。ではお言葉に甘えて御馳走になりに行くとするかの」 そう言いながらシエスタの後ろについていきながら、はた、とこれまでの演技が全部台無しになったことに気付いた。 (あっちゃー。丸一日掛けてお嬢ちゃんにわしがただのボケ老人だと信じ込ませたというのに、ついついやっちまったぁ~~~。かと言ってあんのクソガキにわざと負けるなんてシャク過ぎるわいッ。しょうがない、こうなったらヤケじゃッ) 厄介事から遠ざかる為の策略を自分の手でぶち壊した。だがたとえ本当にシエスタが一方的に悪かったとしても、自分の友人があんな扱いを受けているのを黙って見逃したら、ジョースターの人々が自分を許してくれるはずもない。 他の誰あらぬ、ジョセフ・ジョースターが許すはずもないッ! 厨房につくと、既に騒ぎはここまで到着していたことを二人は知った。 「このトリステイン魔法学院史上初めて貴族に喧嘩を売り付けた平民」であるジョセフは、異様なまでの大歓迎を以って厨房に受け入れられた。 中でも一番の歓迎を見せたのが、コック長であるマルトーだった。 えらくトッピングの多いシチューを持ってきながら、帰ってきたら何が食べたいか、と冗談半分に聞いて来た彼に、ジョセフはフライドチキンをリクエストした。 「帰って来た頃にゃ揚げたてが食べられるじゃろ。腕に選りをかけといてくれ」 ジョセフの言葉を彼一流の大口だと受け取ったマルトーの好感度が飛躍的に上がったのは、言うまでもない。 シチューを食べ終わったジョセフは、シエスタに伴われて広場へと向かう。 普段は閑散としている広場は、噂を聞きつけた学院中の生徒達で溢れており、姿を見せたジョセフに嘲笑交じりの歓声を上げた。 貴族同士の決闘は禁じられているとは言え、これは平民と貴族との決闘である。そしいて平民から挑んだ決闘を貴族が受けた以上、平民がどうなってもいいということである。 これから始まるカーニバルを期待する生徒達に、シエスタは怯えを見せたものの、ジョセフはあくまでも泰然とした様子を崩すことはなかった。 「よく来たな平民! 覚悟は済ませてきたんだろうな!?」 生徒達の輪の中心で、着替えを済ませてきたギーシュが待ち構えている。 ジョセフは悠然と立っているギーシュを見やると、帽子のつばを軽く指先で押し上げた。 「抜かすな、クソガキが。出来の悪いガキを叱るのは年寄りの仕事じゃよ」 To Be Continued →
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東の向こうから昇ってくる朝日が、夜の闇を鮮やかに消し去っていく。 まだ夜の名残を残す冷たい風の中を、追跡隊四人とフーケを乗せたシルフィードは気持ちよさそうに飛んでいる。 フーケは口の中に布切れを詰め込まれた上で猿轡を噛まされ、後ろに回された両手は波紋を流された彼女自身の髪で親指同士をガッチリ結ばれてた上でロープを巻かれている。足首も同じく波紋の髪とロープで拘束されているが、しばらくは意識を取り戻す気配すらない。 残りの四人も、夜を徹しての追跡行と先程までの戦闘が終わったという気の緩みで例外なく生欠伸を噛み殺しつつも、学院への帰還の途に着いていた。 「あ~~~~~……どうもあれじゃの、年寄りには徹夜が一番堪えるわい」 この戦いで大量の波紋を消費したジョセフは、襲い来る眠気に苛まれながら横にいるルイズとキュルケに目をやった。 今はジョセフを中心にして左にルイズ、右にキュルケという形で座っている。タバサは一人前に座ってシルフィードを操っている。三人と一人の中央にフーケを転がしているという状態だ。 「それにしても……ルイズの爆発があんなにすごいだなんてわかんなかったわ。それもダーリンのアシストがあったからだけど」 ルイズを誉めてるのかバカにしてるのか判らない様な物言いにも、ルイズはまだ夢でも見ているような表情でこくりと頷いた。 「あれ……本当に、私がやったのよね」 もう何度目になるかも判らない呟きに、ジョセフは苦笑しながら頭を撫でてやった。 「ああ、大丈夫じゃ。お前があのゴーレムをブッちめたんじゃぞ、ルイズよ」 あまりにも信じられない出来事に、まだ現実を現実と認識し切れていないようだった。 それもしょうがないと言えばしょうがないことではある。 常日頃から『ゼロ』だの『無能』だの言われ続けてきた彼女が、ジョセフやキュルケやタバサでさえ決定打を与えることの出来なかったフーケのゴーレムを撃破したのだ。 それは正確には系統魔法での破壊ではないし、学院の生徒達に言っても信じる者はいないと確信できるほど突飛な結果ではある。 だが、ルイズには十分すぎる結果だった。三人のアシストを受けたとは言え、失敗魔法とは言え、ハルキゲニアの貴族達を翻弄した土くれのフーケを捕らえることが出来た。彼女にとっては世界を揺るがすほどの大戦果である。 しかし。 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは、それを素直に喜べるほど間抜けでも恥知らずでもない。喜びに浸る前に、どうしても心に引っ掛かる小さな棘を意識せずにはいられないのだ。 確かにフーケは捕まえられた。でも、あそこで。ジョセフとキュルケの邪魔をしていなければ、もっと簡単にフーケを捕まえられていたはず、という事実は、少女の胸を締め付ける。 ここでそんなことに触れないで、何事もなかったかのように喜びに浸ることは出来ない。 ルイズはしばらくの間、落ち着きなさげに三人の仲間達に視線をめぐらせてから、意を決しておずおずと口を開いた。 「その……ええと、あの……みんな……ごめんなさい。本当は、私が邪魔しなかったら、もっと簡単にフーケを捕まえられてたと思う……」 やっとの思いで呟いた謝罪の言葉の後、自分がどうにも足手まといだったのではないか、という思いがより深く少女の顔を伏せさせる。 「みんなが喜んでくれるのは、嬉しい……けど、でも……」 再びジョセフにキスされて舌入れられそうな言葉を言おうとしたルイズの言葉を遮ったのは、ジョセフではなかった。 「こーらルイズー? そういうのは言いっこなしだって言ったでしょ?」 ルイズの前にやってきたキュルケが、彼女の頭を抱き寄せて自分の胸に埋めさせたのだ。 「むー!? な、ちょ!」 大平原と高山の違いを見せひらかされたルイズのテンションは、すぐさま怒りに転じた。 だがキュルケは、普段のようにルイズをからかう口調ではなく。まるで子供に優しい言葉を掛ける母のように、微笑を浮かべながら言葉を紡いでいく。 「私は気にしてないし、ダーリンやタバサだって気にしてないわよ。結果的に言えば、あたしとジョセフだけで捕まえるよりも、ルイズが……ううん、みんなであのゴーレムをやっつけた方がきっと一番よかったと思ってるわ。 確かに大変だったけど、得た物だって沢山あったじゃない? ほら例えばルイズとダーリンの見ててこっぱずかしい愛の告白とかすっごいベーゼとか」 下から飛んできたアッパーを、キュルケは余裕のスウェーバックで避けた。 「あっ……あんた……!」 先程までのしおらしい空気は何処へやら、普段通りの睨みつける表情…ただし顔の赤みは特注品で、キュルケに怒りを向けた。 しかしキュルケはなおも楽しげに笑うと、ルイズを再び褐色の谷間に埋めた。 「終わりよければ全てよしって言うじゃない? あんたとダーリンの信頼関係も築けたし、私達の間だって十分すぎるほど築けたわ。他の誰かさんが今夜の出来事を全部信じるとは思えないけれど、私達はそれを目の当たりにして、フーケを捕らえたのよ。 私達の間じゃ、あんたは『ゼロ』のルイズじゃなくなったってコト。それはきっと何物にも得難い宝物なんじゃないかしら。そうは思わない?」 よしよし、と子供をあやすようにルイズの桃色の髪を指で梳くキュルケ。 ルイズはなおもじたばたしていたが、横目で見ていたジョセフは(うっわわしも埋められてぇー)と思うと同時に、えらく堂に入った慰め方じゃのうと感心もしていた。 ただ単に男好きな少女なだけではないのと、ルイズを優しく見守っているその姿勢。ジョセフの中でキュルケの評価が大幅に上方修正されていた。 「それに」 不意にタバサが後ろを振り向き、口を開く。 何事かと思わず注目する三組の視線にも頓着せず、彼女は淡々と言葉を続ける。 「それを言うなら私達も貴方達に謝罪しなければならないことがある」 頭にクエスチョンマークを浮かべる三人に、ぽそりと呟いた。 「実は武器屋でハーミットパープルを使うのを覗き見したのを黙っていた。ごめんなさい」 事実だけを述べて深々と頭を下げたタバサを見て大慌てするキュルケ。 「え、ちょ、タバサ!?」 鳩が豆鉄砲食らった顔をしているルイズとジョセフを交互に見た後、キュルケも意を決して勢い良く頭を下げた。 「えっと、あの、ごめんっ! 実はルイズとダーリンがどこかに出かけるのを見つけたから、タバサに頼んで尾行してたんだけど……あの、タバサは悪くないの! 私が嫌がるタバサを無理矢理連れてってたから、タバサは巻き込まれたというか不可抗力と言うか……!」 二人の言葉に「OH MY GOD」と心の声が聞こえるくらい天を仰いだジョセフ。 (おいおいおいおい、それはねえと言うか何と言うか! 読心能力まで見られてたとか! まあ親父脅したのはともかくとして……なんかわしが二人を信用しきってないから読心使わなかったとか思われてたりせんじゃろな!?) 今の段階では、赤の他人の心を読むには本人自身か、極めて本人に近い物体を媒介として用意しなければならない。フーケの残した土くれでは念写は出来るが読心は出来ないため、特に使わなかったのだが。 ジョセフは皺の寄り切った眉間に当てていた指を離すと、大きく頷いた。 そして右手からハーミットパープルを伸ばすと、自分の喉に緩く絡みつかせてから、三人の耳元に茨の先端を這わせ、押し付けた。さっきも使った骨伝導である。 もしかしたらフーケに聞かれるかもしれない、という用心の為でもあるが、より「内緒話」感を強くするのも念頭に入れている。 「よし! もうハーミットパープルについちゃわしらだけの秘密にしよう! 今ハーミットパープルを知ってるのはわしらとオスマン学院長くらいじゃしな! で! 読心能力はこの身内には決して使わない! 自分の心の中を覗かれて平気でいられる人間はおらんしの! プライバシーの侵害になっちまうからのッ!」 心の中に隠していることを全て知られる、というのは随分と恐ろしい事である。三人は想像の範囲内ながらも、もし自分の心が人に知れたら……と考えて、その恐ろしさに身の毛がよだった。 こくこくこく、と一も二もなく頷く三人。 「どーやらスタンドどころか波紋もあまり見せちゃいかんようだったが、もう波紋であれやこれややっちまったからそれはしゃーないッ。ただハーミットパープルのことは他言無用っつーことでな。オーケー?」 全員でこくりと頷いた。 「よし。んじゃそーゆーことでヒトツ。ルイズもキュルケもタバサもそれぞれきちんとゴメンナサイしたことじゃし、これで水に流しちまおう。なッ?」 これで一件落着……となるはずだった。が。 「うふふふふ……それで終わりだとか思ってるワケじゃないわーよーねー、ジョーセーフ?」 まだ終わっていない人がいた。 我らが『ゼロ』のルイズである。 「フラチにもご、ご主人様にッ……あああ、あんな、きききキス、するだなんてッ……!」 乙女にとってキスとは神聖不可侵な問題である。 ファーストキスはまだしょうがないとしよう。しょうがないのだ。 だが、あのキスは。セカンドキスを奪われた上に。 「しっ……ししし、舌まで入れるだなんてッ……!!」 ゴゴゴゴゴ、と特徴的な書き文字をバックに肩を震わせるルイズ。 ジョセフの卓越した危機感知能力は、命の危険を判別したッ! 「……ま、待てルイズッ! ここはヤバいッ! 落ちたら死ぬからッ! な! 落ち着けッ! むしろ落ち着いて下さいッ!」 全身全霊で命乞いをするジョセフに、ルイズはゆらりと杖を振り上げた。 (何が一番許せないって――!!) キュルケも死ぬ気でルイズを羽交い絞めにするも、ルイズの詠唱は止まらない! (ちょっと気持ちよかったのが、一番ムカついたッッッ!!!) 「ハ、ハーミットパープルッ!!!」 「帰ってから! 帰ってからになさい! ね!?」 「ムゴゴッ! ムゴ、ムゴーーーッッ!!!(離しなさいよ! 離しなさいってば!!!)」 後ろで巻き起こる大騒ぎから、前に視線を戻したタバサの唇には。 小さいけれど、確かな微笑みが浮かんでいた。 To Be Contined →
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「朝ですぞー。起きてくれませんかのぉ」 「うにゃ……あと五分……あと五分~~~」 「三回目ですぞその言葉は……」 キングクリムゾン。 「どうしてもっと早く起こさないのよ! このバカ犬! 役立たず! ボケ老人!!」 「何回も起こしとったんですが……」 朝食の時間に間に合わないかもしれない時間に起きたにも拘わらず、ルイズはジョセフに自分の着替えをさせていた。 その間もきゃんきゃん怒鳴るものだから、ジョセフの耳はキンキンしっぱなしだった。 寝巻きを脱がせ、下着を着けさせ、制服を着せていく。 当然ルイズの生まれたままの姿を朝日の下で目撃することになる。 ジョセフの感想は「肌はすべすべじゃが、上から下まで子供そのものじゃのう。これは遺伝か?」だった。 しかし貧乳だとか幼児体型だとかいう単語を口にするのは危険だと、ジョセフの第六感は強く語りかけていた。 シエスタからは「使い魔と召使は別物」「雑用まで言いつけてるのはミス・ヴァリエールくらいのものではないか」「学院の生徒だから普通は自分でやるもの」「他の貴族の方々はもうちょっと使い魔を大切にしている」という話を、世間話ついでに聞いていた。 公爵家の生まれというのもあるだろうが、せっかく呼び出した使い魔は役に立たない(フリをしている)から、その鬱憤晴らしに当り散らしているのもあると見ていた。 しかしジョセフはそんな扱いに憤りを感じるどころか、「たまにはこんなのも悪くはないのう。いやはや役得役得」と男の幸せを噛み締めていた。 女性に服を着せる、というのも脱がせるのとはまた違った趣がある、ということをよく知っている彼だった。 「ああもう! 早く着替えさせなさいよ、朝食に間に合わないじゃない!」 と、ルイズが怒鳴りつけた直後。ノックと同時に部屋の扉が開かれた。 「ちょっとルイズ! もうそろそろ朝食だってのにいつまで寝て……」 部屋に入ってきた褐色肌の女は、部屋の中の光景を見て大きく目を見開き、ぽかんと口を開けた。 その時ジョセフは、ルイズのブラウスのボタンを留めようとしている所だった。 褐色肌の女視点でより詳細に描写すると、こんなことになっていた。 ピンク髪の幼児体型少女の前で背を屈めている、見覚えのないガタイの宜しい老人が、彼女のブラウスに、手を、かけていた。 二組の視線を集める彼女は、えほん、と咳払いをしてそそくさと後ろ向きに部屋を出ようとする。 「ご、ごめん。お楽しみのところだったのに邪魔しちゃって。あたしから上手に言っておくから続けて続けて」 「こら待てキュルケェェェェェ!!! 何勘違いしてんのWRYYYYYYYYY!!!」 褐色肌……キュルケの盛大な勘違いの意味に気付いたルイズが大爆発を起こし、ジョセフの手を振り切ってキュルケへと飛び掛る。 (あーこりゃ朝食には間に合わんかもしれんのう) 波紋で空腹を克服しているジョセフは、ほぼ他人事のような感想を抱いた。 褐色肌で背が高くナイスバディな彼女……キュルケと取っ組み合うルイズの姿を見たジョセフは、キュルケはルイズの友人なのだと理解した。 おそらく本人同士は「違う」と断言するだろうが。 そして数分後、やっと落ち着いたルイズの怒鳴り声を浴びながら着替えを終わらせたジョセフは、食堂へとやっと向かうことが出来た。 食堂の床に座って固いパンと薄いスープを食べた後、教室で魔法の授業を聞くジョセフ。 使い魔である彼は当然ながら、巨大モグラやサラマンダーやフクロウと一緒の場所に座らされているわけだが、ここで本日二回目のアメリカニューヨーク仕込の人心掌握術が炸裂していた。 授業の内容もそこそこに後ろを振り返ったルイズが見たものは、使い魔の輪の中心で胡坐をかいて談笑しているジョセフの姿だった。 (使い魔は使い魔同士、気が合うものなのかしらね) しかしルイズは微妙に気に入らなかった。 あんな朗らかな笑顔を自分の前じゃしなかったじゃないか。人の顔色を伺ってヘコヘコ頭を下げていたくせに、自分と同じ立場の使い魔達とはあんなすぐに仲良くなって。 役に立たないくせに友達はすぐに作れるだなんて。 役に立たないくせに…… 「ミス・ヴァリエール! 授業中は前をお向きになって頂きたいのですけれど!」 ルイズの取り止めもない思考は、教師の声で唐突に打ち切られた。 「ではミス・ヴァリエール、前に来てこの石を『錬金』してみせて下さい。どんな鉱石でも構いません」 事情を知らない教師の言いつけに、教室中から恐慌にも似たブーイングが巻き起こる。 怒涛のブーイングの中、ルイズは足音も荒く前へと歩み出て行き……覚悟を決めた生徒達は一斉に机の中へもぐり……使い魔達も物陰に隠れ…… 今日の爆発は、いつにも増して酷かった。 「いやはや、なかなか大したモンでしたぞご主人様。あれだけの破壊力なら十分実用レベルですじゃ」 「うるさいうるさいうるさい!」 ジョセフは心からの賛辞を送っているのだが、今のルイズには嫌味や皮肉にしか聞こえない。 ある意味この事態を巻き起こした張本人とも言える、教師シュヴルーズはルイズの起こした大爆発をまともに食らって再起不能。 一週間近くも自習が決まったことに生徒は喝采を叫んだものの、虫の息になったシュヴルーズは最後の力を振り絞って、ルイズに教室の掃除を命じた。 もはや掃除ではなく撤去作業と称してもいいほどの惨事に、ジョセフは一人で立ち向かっていた。ルイズは辛うじて無事だった机に座って、不機嫌そうに足を組んでいるだけだ。 「それにしても、ワシだけが仕事をするというのはどうにも不公平じゃありませんかのー。 そもそもご主人様が受けた罰なんじゃから、形くらい手伝ってもらいたいんですがの」 「うるさい! ご主人様と使い魔は運命共同体、言わばご主人様の受けた罰は使い魔に与えられた罰なのよ! そんな当たり前のこと言ってるヒマあったら手を動かす!」 イギリスには「お前のものは俺のもの 俺のものも俺のもの」という言葉がある。日本にはこの言葉を決め台詞にする人気キャラクターがいるが、それは偶然の一致らしい。 この分ではきっと、使い魔が貰ったものはご主人様のものだと言い出しかねない。 これまでのルイズの言動を鑑みて、その予想に魂を賭けてもいいとすらジョセフは思った。 「まぁしかしなんですじゃ。ご主人様が『ゼロ』と呼ばれる所以はよく理解できましたがの」 「アンタ喧嘩売ってるワケ?」 「滅相もない。例えばわしなぞ平民ですからの。ええと、こうでしたかな……」 と、教室を吹き飛ばした原因である『錬金』の呪文を、ジョセフが唱えてみせる。一度聞いただけの呪文を正確に間違えず唱えたことにルイズは僅かに感心したのか、眉をぴくりと動かした。 だが当然のことながら、杖も魔力もないジョセフの前には何の変化すらない。 「見ての通り何も起こりませんわい。じゃがご主人様は魔法を唱え、あのような爆発を起こせた。確かに『錬金』には失敗しておるかもしれませんが、『魔法が使えない』わけじゃないということですな」 ルイズは無言で聞いている。眉間には皺が寄っているが、「それで?」と問いかけるようにジョセフをねめつけていた。 「ご主人様の魔法は使い所を間違わなければ、十分に破壊力のある魔法だということですじゃ。わしゃ他のお偉方の魔法がどれほどのものかは知りませんが、わしのいた場所でこれだけの威力を出せたら一級品でしたな」 無論言うまでもなく、ジョセフの人心掌握術その三が炸裂しようとしているところである。だが人心掌握術云々をさておいても、これはジョセフの忌憚ない感想であった。 純粋な破壊力だけで言えば、波紋とハーミットパープルを使えるジョセフよりも確実に上。 「わしはご主人様を『ゼロ』とは決して呼びますまい。それは固く誓えますぞ」 しかしルイズは、ぷい、と顔を横にそらした。 「バッカじゃない? そんなの当たり前よ当たり前! いいからムダ口叩いてるヒマがあったら早く片付けちゃいなさいよ、全く使えないんだから!」 少し早口に言い切ってから、ルイズは心の中で思った。 (……昼ごはんは何か余計にあげてもいいかしら。鳥の皮くらいならあげてもいいわ) 人心掌握術その三は、ちょっとだけ功を奏したようだ。 結局ジョセフ一人が後片付けに従事したため、ルイズ達が昼食を取り始めたのは他の生徒達がメインディッシュを食べ終わり、デザートの配膳が始まろうかとしている頃だった。 「ほら、心して食べるのよ。ご主人様の慈悲深さに心から感謝しなさいよっ」 ジョセフの皿の上に切り分けた肉の脂身を落とすルイズ。 別にいらん、という心の声を億尾にも出さず、「ありがとうございますご主人様ァ~」とボケ老人のフリを絶賛続行中。 スージーにホリィに承太郎、そして部下達にこんな姿は絶対見せられんのォとも考えながらも、我ながら大したボケ老人っぷりじゃのうと自分の演技力に感嘆すらしていた。 (もし元の世界に帰って何か不都合があっても、ここで培った演技でとぼけ通せるんじゃないかのォ~~~。これならイケるんじゃねェ~~~~?) それはそれとして脂身だけでも確かに旨い。アメリカのレストランでこれだけの料理を食べられる店はあまりない。イギリスには存在するはずもない。少なくともここの料理人は一流だ。 スープでふやかした固いパンを咀嚼していると、デザートを配膳しているシエスタと視線があった。ちょっとはにかんだ笑顔でにっこり微笑むシエスタに、ジョセフはニカッと笑って会釈を返す。 (お互い大変ですね)とアイコンタクトを交わした後、ジョセフは食事に、シエスタは配膳の仕事に戻る。 ややあってあとはデザートを待つだけ、なった時、食堂に少女の怒鳴り声が響き、続いて貴族達の笑い声がドッと響いた。 なんだろう、とそちらを向いたジョセフを、ルイズは軽く叱り付けた。 「こらボケ老人! 何かあったからっていやらしくそっち見るんじゃないの!」 しかし当の本人のルイズも、何があったのか興味を隠せないらしい。ルイズはデザートも来ないうちから席を立って騒ぎの輪へと向かっていき、ジョセフも後ろを付いていく。 「全く、本当に気の利かないメイドだな! 知恵があるとは期待してなかったが、ここで働く以上は貴族に話を合わせる機転くらいは持ち合わせていてもらいたいものだ!」 「も……申し訳ありません! 申し訳ありません!」 生徒達の輪の中心は、ワインをたっぷり浴びせられた金髪の少年と、その前に跪いて必死に許しを乞うている……シエスタ。 ルイズは、金髪の少年……ギーシュ・グラモンを見て、「ああ、どうせ二股バレて酷い目にあったんだわ。それでメイドに八つ当たりしてるってところかしら」と心の中で呆れた。 無論、この時は完全にジョセフの事など頭の中から消えうせていた。 だが、もし。ルイズがここでジョセフにちらりとでも視線をやっていたのなら――彼女は、見たことのない“男”の表情を間近で目撃することになっていただろう。 生徒達はニヤニヤと笑みを浮かべながら、事の顛末をただ眺めている。 そしてギーシュの取り巻き達が、この不躾なメイドに如何なる罰を与えるか囃し立てて盛り上がり、シエスタの恐怖が最高潮に達しようかとなった、その時。 一人の男が、生徒達の輪を潜り抜けてきたかと思うと―― ギーシュの顔面に、黒の革手袋が勢い良く叩き付けられたッッッ!!! 「わしの国では、決闘を挑む時は相手に手袋を投げ付ける……トリステインでの決闘の申し入れ方は知らんのでな……」 手袋を投げ付けた張本人は……ジョセフ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、ジョセフ・ジョースターッッッッ!! To Be Continued →
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いななきを上げる馬が二頭。 虚無の曜日の早朝、ルイズとジョセフは厩舎の前で馬に乗っていた。 「いやあ、ラクダに比べると馬に乗るのは随分と楽ですのう」 ジョセフは小さい頃に乗馬も仕込まれたので、けっこうスムーズに鞍に跨っていた。 ラクダ、という聞きなれない単語にルイズが軽く怪訝そうな顔をした。 「ラクダ? 何それ」 「砂漠の辺りに生息する……まあ砂漠で馬代わりに使う生き物ですじゃ。なかなか言う事を聞かんので往生しましたわい」 ルイズは少しの間、記憶の糸を辿り……かつて昔に呼んだことのある生物事典に載っていた名前を思い出した。 「乗ったことあるの? いつ?」 「ここに召喚されるちょっと前に仲間達と旅をしてた時にですな。まあ何と言うか……ずぅいぶんとマイペースな生き物でしてな。 色々苦労しましたわい」 はっはっは、と笑うジョセフを、ルイズはじっと見つめていた。 ルイズは、ジョセフを召喚してから今日に至るまで、彼に色んな事を聞かれていたことはあるが、自分から彼に話を聞いた経験がほとんどないことに気付いた。 (……まずいわ。もしかしなくても、ギーシュやキュルケの方が私よりジョセフのことをよく知ってたりするんだわ) 自分がジョセフについて知っている事を上げてみて……まずすぎるくらい何も知らないことが今更ながら思いやられる。 決闘までもろくすっぽ話してなかったし、決闘が終わってからは自分から口を利かないようにしていた。 そもそも「武器を買ってあげるわ!」と言ったのも、何を渡せばジョセフが喜ぶのかさえ知らないから、その場で出た出任せに近い申し出ではないか。 (……うろたえないッ! ヴァリエール公爵家三女はうろたえないッ! ここから城下町まで馬でも三時間、行って帰る間にジョセフから色々話を聞けば今からでも何とかなるわ! ……うふふ……この緻密で完璧な作戦、それでこそ私よ) スポンジのように穴だらけの緻密な完璧を抱くルイズに、ジョセフはのんびり声を掛けた。 「んじゃ行きますかいご主人様」 「え、ええ。行くわよジョセフ」 そして二人はゆったりした足取りで学院の門を潜る。 門を出てから三分後、ルイズはこれ以上ない自然さを心がけて横を歩くジョセフに声を掛けた。 「え、えーとジョセフ。なんかヒマだわ、せっかくだからあんたの話とか色々聞いてあげてもいいわ! ほら、私ご主人様だから使い魔のことは何でも知っておいてあげないとね!」 ものすごい一生懸命に話題を作ってきたルイズに、ジョセフは実に微笑ましげに彼女を見やった。彼女の懸命さに応じようと、彼女の不審な態度にはあえて触れようともしなかった。 「わしの話ですか? ううむ、どんな話をすればよいですかのう。赤い洗面器の話なぞいかがですかの。こいつぁ100%バカウケの話なんですが」 今クラスメート達の間では、「赤い洗面器」という単語が出ただけで大きな笑いが巻き起こるのをルイズはよく知っていた。すごい気になる。が。 (いやいやいやっ、そういう話を今聞いてる場合じゃないわっ! ジョセフのことを知っておかなきゃならないんだから!) 甘い知的探究心を全力で押さえつけようと、ぶんぶんと大きく首を振った。 「違う違う違う! そういう話は後でいいの! ジョセフが今までどういう風に生きてこんなヘンな平民になったのかを聞きたいの! あんた、ただの平民じゃないでしょ!? 私はイレギュラーな使い魔を持ってるんだから、その辺りちゃんと聞いとかないと!」 「ふうむ。わしの話ですか……なんのかの言って、68年生きてますからの。掻い摘んでもかなり長話になっちまうんですがいいんですかの?」 「とりあえず私に必要かなーとか思う所だけ掻い摘んでくれたらいいわ。どうせあんたか私が死ぬまで一緒にいることになるんだから、時間は有り余ってるでしょ?」 彼女の言葉に、ジョセフは思わず緩く天を仰いで口をへの字にしそうになったが、それを見咎められればまたルイズが目ざとく見つけるだろうと、頑張って表情を消した。 承太郎はDIOの死体をちゃんと処分しただろう。ただ、自分の死を孫の口から妻に伝えさせようとしたのは酷だとは思う。だが、あの鏡が現れた時点での最善手はどう考えてもあれしかなかったのだから。 「どうしたのよジョセフ。なんか気に食わないことでも?」 「あー、いやいや。ご主人様に話さなきゃならんことがかんなりありましてのう。どうダイジェストにするか考えてたところですじゃ」 息をするようにハッタリをかませるジョセフの言葉に、世間知らずのルイズはそれ以上疑うことをしなかった。 「ではまずわしの事を話す前に、家のことから話すとしましょうかの。わしの家はジョースター家と言いましてな……由緒正しい貴族の家じゃったんですじゃ。ただわしのいた世界では、貴族とはここのように魔法を使える者の事ではなく……」 それから語られたことは、ギーシュ達にも語られたことのない、ジョースター家と吸血鬼の確執、人類と柱の男との激闘の歴史だった。 ルイズは話の途中で「そんなホラ話が聞きたいんじゃない」と言おうとして、垣間見えた彼の横顔にその言葉を飲み込んだ。出来れば話したくないことだが、それでもなお話さなければならないと判断した、彼の苦悩を感じてしまったからだ。 ジョセフの言葉は、全て真実だ。そう感じて、ルイズはただジョセフの話を聞き続けた。 「……じゃがジョースターとDIOの因縁はまだ終わっていなかった。ついこの前のことじゃ。海の底から一つの棺が引き上げられた……」 いつの間にかジョセフの口調は敬語ではなくなり、ジョセフの普段のそれになっていたが、ルイズはそれを注意することすら忘れていた。 孫と自分に起こった不可思議な力、スタンドの発現。娘の命を救う為に、仇敵を倒しに行く二ヶ月足らずの旅。信頼を寄せ合った仲間達の死、仇敵DIOとの死闘。 最後、孫の手で蘇った直後の救急車の中、現れた召喚の鏡。 「……わしはなんとしても、DIOをあの鏡に触れさせてはいかんと感じた。そしてその直感は当たっておった。この世界に彼奴が来ていれば、何もかもが台無しになる。わしらの旅だけじゃあない。この美しい世界が、彼奴の手に落ちた。 わしはDIOに近付いてきた鏡の前に飛び出し、DIOの死体を全て蹴り飛ばし、鏡に飛び込んで……ご主人様の使い魔になった。あやつをこの世界にやらんかっただけでも、わしはこの世界に来た意味がある。――こんなところですかの」 朝日の中に町並みが見えてきた頃になって、ジョセフの話は終わりを告げた。 だがルイズは、知らず知らず手綱を強く握り詰めていることしかできなかった。 (何を言えばいいの……何を答えればいいの……? ジョセフは……ただの平民、なんかじゃなかった……。もう旅が終わって、帰れるのに……ジョセフは何があるのかも判らないのに、この世界に来たんだ! 私がもし、ジョセフなら……ジョセフのような事が出来た? ううん……出来ない……きっと足がすくんで、ただ見ているだけ……『突然のことでどうしようもなかった』って言って……それで、終わりにしてる……) 本当は途中で、「もういい!」と打ち切りたかった。図書室で出会った彼女の言葉とジョセフの告白が合わさって、痛過ぎるほど心を抉る。 彼女はジョセフをカットされたアメジストだと称し、ルイズを掘り出してもいない原石だと言った。 だがそれは、ジョセフをかなり過小評価した例えだと、痛感していた。 ジョセフはアメジストどころか、ルビーそのものだ。 認めたくないが、石ころにルビーをあしらった滑稽な姿を今更鏡で見せつけられた。今まで自分が美しいと自負してきたものは、ただの石ころだったのだ。何がメイジだ。何が貴族だ。 私がヴァリエールの生まれでなかったら……何も、何も。 胸の奥から溢れたものを必死に押さえ込もうとして、それが不毛な努力にしか過ぎないことを、ルイズは強く自覚していた。 ここ数日、何回も湧き上がってきた感情と似て非なるもの。ジョセフを妬んで悔しくて泣いたのではない。自らの小ささを本当に知った、不甲斐なさからの涙だった。 「……ジョセフ……ごめんなさい、ごめんなさい……」 抑えきれない感情の発露。片手で手綱は握りながらも、もう片手は拭いても拭いても零れ続ける涙を拭うしかできなかった。 「お、おいちょっと待たんかルイズ。なんじゃどうした、今の話で何も泣くポイントないじゃろ? ちょっと止まるぞ、そんなんで馬乗っとったら危ないわい」 ジョセフは柄にも無く狼狽しながら、急いで留めた馬を木に繋ぎ止めると、それでもなお泣き続けるルイズに腕を伸ばして抱き下ろす。 ごめんなさい、ごめんなさい、とただ繰り返して泣きじゃくるルイズは、まるで本当の子供のようで。 泣き止ませることを早いうちに諦めたジョセフは、少々悩んでから。ままよ、と自らの身を緩く屈めて、ルイズを自分の胸に抱きしめた。 何が悲しくて泣いているのか、何を謝られているのか、ジョセフには全く理解できない。 何で悲しくて泣いているのか、何で謝っているのか、ルイズにも全く理解できない。 だから少女が泣き止むまで。二人とも、何も出来なかった。 やがて慟哭が嗚咽に変わり、しゃくり上げる様な声に変わってきた頃、ルイズは、ジョセフに抱きしめられていた自分を改めて自覚し……今になって、ジョセフを突き飛ばすように離れた。 「……き、気にしないでっ……」 気にするなと言われても何を気にしなくていいのか見当も付かない。ジョセフは、小さくため息を漏らし。引っかかれる危険を押して、ルイズの頭に手を伸ばし、撫でた。 だがルイズはその手を振り解くこともせず、ただ撫でられるままになっていた。 「気にしてくれるなルイズ。わしは見ての通りジジイで平民で使い魔じゃ。他の誰にも言わんから、気にせんかったらいいんじゃよ」 「そうじゃないの! 私はあんたより下なのよ! 劣ってるのよ! 『ゼロ』なのよ!」 キッ、とジョセフを見上げて睨みつけるルイズ。 泣いた理由の片鱗が、少しだけ理解できた。ジョセフは小さくため息をついて、苦笑した。 「わしがルイズんくらいの年にゃ、ただ毎日ケンカしとるだけのクソガキじゃった。努力とか訓練とかが死ぬほど大嫌いで、とにかく気に入らんことがあったら誰彼構わず殴りかかっただけのクソガキじゃった。 それに比べたら、ルイズの方が……」 「おためごかし言わないでッ! 私は昔のあんたを召喚したんじゃないわ、今のあんたを召喚したのよ! あんたに比べて、私なんか……私なんか、情けなさ過ぎるのよッ!」 「おっと、それ以上言っちゃいかん。それ以上言うなら、シタ入れてキスしちまうぞ」 なおも言葉を続けようとしたルイズの唇に、ジョセフの指先が当てられた。 「いいかルイズ。わしもかつて、自分の才能だけで突き進んで、こっぴどくボロ負けしちまった。じゃがな、わしはそこで今までの愚かさを自覚し、大嫌いじゃった修行に専念した。それもせんとただウジウジしとるだけなら、わしは今頃ここにゃおらんわい」 やっとしゃくり上げるのを止めたルイズは、泣き腫らした目で、それでもまだ何か言いたげにジョセフを見上げて、彼の言葉を聞いていた。 「わしの修行をつけてくれた師匠も先輩も友人も、みぃんなわしよりずっと上にいた。今、ルイズが感じている悔しさは、きっとかつてのわしが感じた悔しさじゃ。世の中の人間は、貴族だろうが平民だろうが、必ず自分の弱さにぶち当たった。 今のお前は、正にぶち当たったところなんじゃ。大切なのはぶち当たってから、どうするかじゃよ。うじうじ悩んでるのもよし、弱い自分をどうにかしようとするのも足掻くのもいい。 じゃがルイズ、お前さんには忘れちゃあいかんものがあるんじゃ」 頭に置いていた手を、肩に置き。両手でルイズの肩を掴んだジョセフは、彼女の目の高さと同じ高さに自らの視線を合わせた。 「お前さんにはお前さんを心配してくれる友達だって、お前さんを心配しておる使い魔じゃっておるッ! いいか忘れちゃならんぞ、お前さんは一人じゃないッ! 一人で悩むんも時にはいいッ、じゃが一人で何もかもしようとするのはただの傲慢じゃ! 人を信じて頼るのは弱さじゃあないッ! 自分の弱さを直視せず、自分に出来ないことを出来ると嘘を吐く、その行為自体が真の弱さじゃ! 少なくともわしは、そう信じておるッッッ!!!」 ぐっ、と肩を強く掴んで、彼女に言い聞かせる。 潤んだ鳶色の瞳が、ジョセフの瞳を、真正面から見つめ返した。 「……私、『ゼロ』よ? ジョセフみたいに、すごくもなんともない……それでも、いい?」 「言ったじゃろ。今は『ゼロ』でも構わん。いずれ、強くなるんじゃ……『わしら』は」 「……離してっ、肩痛いわよ、ボケ犬っ」 ルイズはジョセフの手から離れると、背を向けて。ごしごしと目元を袖で拭って、背を向けたまま口を開いた。 「……聞いてて、とっても恥ずかしかったわっ」 「同感じゃな。わしも言ってて死ぬかと思ったわい」 主人の憎まれ口に、ちっとも死にそうじゃない口調で返すジョセフ。 「……どさくさに紛れて恥ずかしいコトばっかり言ってっ。そんなこと言ったからって三ヶ月の食事抜きは覆らないんだからねっ! 心配してくれても、エサあげないんだからっ!」 ピンクの髪の間から微かに覗くルイズの耳が真っ赤なのを、ジョセフは見た。 「そんだけ大口叩いたんだから、ちゃんと責任持って私が強くなるまでいなさいよっ! 思い切り頼ってこき使うわ、覚悟なさい! それから、それからっ……私が泣いた、なんて他の誰かに言いふらしたらっ……絶対に、ぜーったいに、許さないんだからね!? 絶対誰にも言わないでよっ!?」 振り返ったと同時に杖をジョセフの鼻先に吐き付けるルイズは、まだ顔は赤いままで。けれど、ジョセフを見上げる目は。今までとは、決定的に違っていた。 ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ――優しかった。 「墓場まで、持って行くことにしますわい。ご主人様?」 ジョセフの笑みは、今までと変わらず。どうしようもないくらい、優しかった。 「さっ、つい道草食べちゃったわ! 早く行かないと店が閉まっちゃうじゃないボケ犬!」 ピンクの髪を勢い良く風になびかせ。木に繋いでいた馬へ歩いていき……ジョセフはその後姿を、微笑ましげに見つめて、その後ろを歩いていった。 To Be Contined →
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『メイドの危機・ジョセフの場合』 ジョセフとえらく仲がいいっぽいメイドのシエスタが学院を辞めて、女癖の悪いことで有名なモット伯の館に奉公に行くことになった。 すぐさま馬を飛ばし、モット伯の館に出向くジョセフ。 伯爵は言った。 「そうまで言うならメイドを返してやってもいい。だが交換条件がある。ツェルプストーの家宝である『召喚されし書物』を持ってくることだ」 そういう理由でキュルケの部屋に行こうとしていた使い魔をとっ捕まえた私は、事情聴取を経てその様な経緯を把握したという次第だった。 「とは言ってもねー。平民からしてみたら、貴族の御寵愛に適うという事はある意味出世街道なわけで……」 「そこにシエスタの意思はあるんじゃろか」 私の部屋にて、ベッドに腰掛けた私と毛布に座り込んだジョセフの問答は続く。 「……まあないとも言い辛く……」 「なんじゃったらハーミットパープルでちょっくらシエスタの今の気持ちを読むことも辞さん覚悟じゃが」 言葉を濁そうとしたんだけど、ジョセフにそれが通用しないことは判り切っている。 もし否定的な答えが来れば、ジョセフはすぐさまキュルケの部屋に行くだろう。 そうなればあの色情魔の事だ。交換条件とか何とか言って、ジョセフに色目使ってあんなことやこんなことするに違いない! ジョセフってはじじいのクセに女の子に囲まれてデレーッとかしやがっちゃうから、すぐに色香に負けてあんなことやこんなことを……! 「ほぅらゼロには出来ないようなこともしてあげられるわー」 「ムム!?!?」 「なに想像してんのさ!」 ダメよダメよダメよダメダメダメダメ!!!! 自分の使い魔にツェルプストーの女の匂いがつくだなんてそんな屈辱ないわ!! 頭を下げて「私とジョセフに免じて家宝譲って♪」とお願いすれば、何とかならないかとも思うけど……それだって十分屈辱だわ!! 尻も口も軽いあの女に話題提供とかふざけんなってー話よ! ここで一番いいのは、「あのメイドをジョセフが大人しく諦める」というのが一番円満に収まる選択肢だわ! そうよ、間違いないわ! 「私は使い魔にツェルプストーの女の匂いをつけるのもイヤだし、あのメイドの為にツェルプストーの女に頭を下げたり出来ないの。王宮の勅使にケンカ売ったらヴァリエールもただじゃすまないんだから、それくらいは弁えて貰いたいわ」 つまり動くことは許しません! とキッパリと宣言する。 私も由緒正しいヴァリエール公爵家の末娘なんだから、使い魔の我侭で家に迷惑を掛けるわけにも行かない。そこはちゃーんと納得させなくちゃならないわ! 「判ったらさっさと寝る! 明日も早いんだから!」 そう言うと私は制服を脱ぎ捨てて寝巻きに着替え、ランプを消して眠りに付く。 ――寝つきのいい私は、使い魔がこっそりと出て行ったことに気付かなかった。 深夜……とは言え、地球ではまだ日付も変わらない頃合。 今度は馬ではなく、自らの足でジョセフはモット伯の屋敷に近付いていた。 「おいおい相棒、本当にやっちまうのかーぃ? トライアングルメイジっつったらそっちでもかなりの腕利きだっつーことだぜ?」 「黙っとれデル公や。そいつぁ真正面からやった時の話じゃろ?」 背中に背負ったデルフリンガーは、僅かに刀身を鞘から出してジョセフに話しかける。 夜でも魔法の力で煌々とライトアップされている屋敷は、暗闇の中で十分な目印となる。 森の中を駆けていくジョセフの耳に、唸り声を上げて侵入者を威嚇する獣の声が聞こえた。 「むっ……!」 昼に出向いた時に、翼の生えた黒犬が番犬として屋敷をうろついていたのを思い出す。 果たして、獣は時ならぬ侵入者の匂いを辿り、木々の間をすり抜けてこちらへ駆けてくる。 「なかなか鼻が利きよるわい」 「で、どうすんだい相棒。こんな森の中じゃ俺っちはまともに使わせてもらえないぜ?」 ニヤニヤ笑いながら他人事のように言うデルフリンガーに、ジョセフはにまりと笑うと、近くに伸びている木から小枝を一本手折る。 「剣が使えないなら、別のモノを武器にするんじゃよ」 指の間で鋭く回転させて逆手に握る枝に、波紋を流し込む。 程無くして侵入者を発見した翼犬が、ジョセフ目掛けて一気に距離を詰め飛び掛る! しかしジョセフは焦りの色の欠片さえ見せず、飛び掛ってきた犬から身をかわすのではなく、反対に犬目掛けてラリアットをぶち込む! 人間に比べて遥かに強靭な筋肉を持つはずの翼犬は、まるで丸太でもぶつけられたかのように吹き飛び、木の幹にしたたかに身体を打ち付ける。 ジョセフはそのまま俊敏に犬へ飛び掛り、獲物を背後から抱え込むような姿勢に移行し…… 「フンッ!」 波紋を流した枝を、犬の脊髄に突き刺し、ずぶりずぶりと回転させる。 「アフッ! ウォ……」 断末魔の叫びは、体内に流れた波紋がそれを塞き止める。 やがて命の抜け落ちた亡骸を地面に落とすが、翼犬は一匹だけではない。仲間の敵を討たんと、怒りに燃えたもう一匹の翼犬が、にっくきジョセフへと駆け寄ってくる。 「ふむ。今からじゃ手ごろな枝を見繕う余裕はないのう」 余裕綽綽の笑みを浮かべながら、今度は自らの長袖シャツに波紋を流す。 翼の滑空速度も加えた瞬速のタックルは、哀れな侵入者を即座に押し倒し、喉笛を噛み砕くに相応しい動きだった。だが彼(彼女かもしれないが)の不幸は……今夜の老人は獲物ではなく、自らと同じ立場の「狩猟者」であったことだった。 しかし必殺を疑うことなく、翼犬はジョセフの喉目掛けて奔る。ジョセフは慌てる素振りすら見せず……逃げるどころか、自らの腕を襲い来る犬に差し出すかのように拳を繰り出す! 巨大な顎の中へ狙い違わず打ち込まれた腕に穿たれた、肉を食い千切り骨を噛み砕き腕を食らうはずの牙は、しかし……たった一枚の粗末な布さえ破くことは出来ず、反対に布地は牙を捕らえてあらゆる自由を奪ってしまった。 「捕まえたァ、というヤツじゃのう」 そして間髪入れず、ジョセフの空いている手は犬の肋骨を鷲掴みにしてぼきりと外し。出来た隙間から更に無理矢理指先を押し込んで、万力の様な指先は犬の心臓を押し潰した! まるでオーガが戯れに犬を繰り潰したような刻印を胸に残し、同僚の上に落さとれる死骸。 「おでれーた。やるもんじゃねーか相棒」 「せっかくならワイン瓶でも持ってくればもうちょっと楽じゃったな」 ニマリと笑ったジョセフは、今度は道に近い木々の間を抜けていく。 そうしていれば、番犬達が駆け出して行ったのにやっと追いついてきた兵士が一人。ランタン掲げて「またコソ泥の死体を片付けなきゃなんねーのか」とウンザリした顔を見せながら。 音もなくデルフリンガーを抜いたジョセフは、木の幹の陰に身を隠し。足音を殺しながら兵士の後ろに近付いていき……鎧に包まれていない脇腹へ、ずぶりと刀身を沈め、ぐるりと束を回す。 こうやって体内に空気を入れ込まれれば、人間は呆気なくショック死してしまう。 何が起こったのか判らない、という顔で地面に倒れ伏した兵士を、ジョセフは茂みの中に引き入れ。そして再び、悠然とした足取りで屋敷へと向かっていくのだった。 モット伯はその日、執務室で新たなメイドを味見する直前の高揚した気分を満喫していた。 それは上級階級で話題になっている小説を読む直前の気持ちにも似ている。 「ふふふ……あのシエスタとかいうメイド、幼い顔をしているワリには随分と発育のいい身体じゃないか。これは実に楽しみだ……」 今夜はどのような趣向で男も知らない女を花開かせようか。下卑た笑みを、緩んだ口に乗せるのだった。 カン、カン。 「伯爵様、火急の件がこざいまして」 これからの興に思いを馳せていたモット伯は、無粋なノックと、ドアの向こうからの部下の声に現実に引き戻され、不機嫌に眉間を寄せた。 「なんだ」 「邸内に賊が進入している模様です。警備の兵も数人討たれた様子、伯爵様直々に御迎撃頂きたいのですが」 「何!? ええい、高い金で雇っているというのに! 全く平民は何の役にも立たん!」 伯爵の怒りはトライアングルメイジである自分の屋敷に侵入した不届きな賊だけではなく、無能な平民兵達にも向けられていた。 (平民どもは何の役にも立たんくせに貴族の脛ばかり齧りよる! 全く度し難い存在だな!) 歯噛みしながら、杖を手に取り足音も荒く扉に向かう。 そしてドアノブを苛立ちついでに勢い良くひねって扉を開けようとした瞬間―― 見えたのは、見覚えのない老人の姿。誰何の声を掛ける暇さえ与えず、僅かに開いた扉の隙間から、何本もの紫の茨が伯爵に絡みつく! 「なっ!?」 伯爵はすぐさま魔法を唱えようとするが、茨は杖を持つ手首をねじり込み、杖を離させ。そして喉に絡みついた茨が、呪文の詠唱さえ許さなかった。 「あがっ……がっ……!」 そして老人は茨を掴んだまま扉を背で閉める。 捕われた伯爵と捕らえた老人、それは扉を挟んで背中合わせの形となっていた。 「メイジなんぞ高い金で平民に養われてるというのに、魔法使えなかったらなぁんの役にも立たんのう」 楽しげにからかう声が、この世で伯爵が聞いた最期の言葉だった。 老人が、指先で茨を弾いた瞬間。伯爵の魂は、肉体の鎖から抜け落ちていった。 次の日、ジュール・ド・モット伯爵が病死したという知らせが学院にも届いた。 病死と言うのは建前のこと、本当の死因は何者かに首を絞められた挙句、彼の死体に鋭い一太刀が浴びせられていたのだ。 しかしメイジが魔法ではなく平民の用いる武器によって殺害されたとあっては、ドット伯爵家にとって最高に不名誉な事態であった。よって、建前上は病死という扱いになり、それ以上の事件に発展することはなかった。 彼の屋敷に雇われていた使用人はしばらくして新たな奉公先を見つけてそこに住まうことになる。シエスタも学院に戻り、前と変わらない生活を送ることとなった。 しかし内々の捜査が、とある一人の男に辿り着くのは、時間の問題だった―― 「ってことになっちゃうのよ!? ああ、そんなことになったらどうしよう……ヴァリエール家自体にも捜査の手が伸びてしまうわ!? あああああ、お父様やお母様に姉様にちいねえさま、何と言い訳すればいいの!? 不出来な使い魔を持った私でごめんなさい!!?」 何やらあらぬ想像を張り巡らせて一人でベッドでのたうち回る主人を、使い魔とその剣はぽかーんと見つめる以外になかった。 「なあ相棒。お前んとこの主人っていつもあんなんか?」 「……いやー、普段はあんなんじゃないんじゃがのう。パニック起こしたみたいじゃな」 ヒソヒソと内緒話を交わす一人と一振り。 ちなみに「私は使い魔にツェルプストーの女の匂いをつけるのもイヤだし~」と宣言したところからルイズの想像……というか妄想の産物である。 「それにしても一体ルイズん中でわしはどんなバケモノっつーことになっとるんじゃ?」 口の端々から漏れた妄想の欠片を繋ぎ合わせれば、ジョセフ一人いればハルケギニア全土を征服出来るかのような勢いである。 そろそろ誰か医者でも連れてきた方がいいんじゃないか、とジョセフとデルフリンガーが真剣に相談し始めた頃、ルイズはベッドで頭を抱えてうつ伏せに丸まってた身体を、バネ仕掛けのように凄まじい勢いで跳ね上がらせた。 「……しょうがないわ……ここは一時の恥を偲んで、キュルケに一緒にお願いに行ってあげるわ! ヴァリエールの家自体に悪辣非道な捜査の手を伸ばすくらいなら、たかがちょっとくらいの噂くらいどうってことないわよ!」 いや。それは勝手な想像で。幾らなんでもそこまでせんわい。というジョセフのか細い抗議を敢然と無視したルイズは、ジョセフの襟首引っつかんでキュルケの部屋に向かった。 結局、キュルケは「今度の虚無の曜日にジョセフと城下町に買い物に行く」という条件で家宝の書物を譲ることに賛同し、タバサのシルフィードで早速モット伯の屋敷へと向かう。 無事に学院に戻ることになったシエスタは、「きっとジョセフさんが『私の為』にミス・ヴァリエール達を動かしてくれたんだ」と、勘違いをすることになったが、あながち間違っていないのでジョセフは特に訂正もしなかった。 結果、ほっぺにチュを受けてジョセフはご満悦だった。 さてここで最もワリを食った我らがゼロのルイズ。 彼女の機嫌を取る為、しばらくジョセフは懸命に犬として振舞いまくったとさ。 『暗殺無用』・完 タイトル変わってる? 気にすんなよ
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ヴェストリの広場に立つ、決闘者二人。相対距離はおよそ20メイル。 一人はギーシュ・ド・グラモン。 それに対するはジョセフ・ジョースター。 向かい合う決闘者を囲む貴族の少年少女達。 まだ昼食も終わったところだというのに、ギーシュの災難はなおも続行中だった。 二股がバレたといっても、これはかなりの誤解が含まれている。 モンモランシーが本命だというのはギーシュ自身も認めている。人前ではそっけない態度だが、二人きりになると意外と古式めかしく情が深い。モンモランシーを憎からず思っているから、彼女手製の香水を身に付けているし、瓶だって肌身離さず持っている。 周囲曰く所の『浮気相手』のケティからは好意を寄せられているが、ギーシュ本人としては浮気以前のレベルである。 健全な少年であるギーシュには、好意を寄せてくる相手を邪険にする理由はない。毎日挨拶するし、手を握ったり遠乗りに付き合ったりもする。 だがそれが裏目に出た。 ギーシュとしてはお愛想を振り撒いているだけのはずだったが、当のケティがギーシュの想像以上にギーシュにのめりこんでいたのだった。 それに気付いたギーシュが、如何にしてケティを傷付けずそれとなくお別れするかを考えていたところ、気の利かないメイドが迂闊にも香水の瓶を拾ってしまった。 しかも不運なことに、スキャンダルに飢えた友人達が面白半分にそれを囃し立てたのだ! ケティが大声で吹聴した勘違いを運悪く聞いてしまったモンモランシーからは、ワインを頭から引っ掛けられて絶交を宣告された。 最愛の人には最低の振られ方をするし友人達は更に面白がるわで、ピンチの真っ只中に放り込まれて混乱したギーシュは、瓶を拾っただけのメイドに八つ当たりをしてしまった。 友人達からの槍玉がメイドに向いて、これでひとまず急場を凌げたと思ったら……あの忌まわしい『ゼロ』のルイズの使い魔……平民の老人から突然手袋を投げ付けられて決闘を挑まれる! 『なんだ、僕がどんな悪事を働いたというんだ! ここまでの仕打ちを受けなければならない理由が何処にある! くそ! くそっ!』 高慢にも貴族に自殺の手伝いをさせようとする老人が何もかも悪い、とギーシュは責任転嫁を終了させていた。幾つかの不運が重なったにせよ、彼自身の脇の甘さが招いた事態だという真実は彼の頭の中から完全に抜け落ちていたのだった。 (……さぁて。大口叩いたはいいものの、メイジとやらの実力がどんなモンかまぁったくわからんからのォ~。これが他の五人なら気にせんと真正面から戦って勝てるんじゃろうが) 脳裏に浮かぶのは、エジプトまで共に旅をした仲間達。 それに対して自分が使えるのは波紋にハーミットパープル、それとイカサマハッタリ年季の違い。力押しで戦えるほど若くはない。 だがジョセフは、目の前の坊やをさしたる障害として認識していない自分に気付いている。 吸血鬼、柱の男、スタンド使い……彼らにあった紛う事のない殺気や凄みの欠片すら、目の前の少年は持ち合わせていない。それどころか、この期に及んで今の状況を戦いだと認識できていない。ただ身の程知らずの老人を甚振るだけの見世物の場としか考えていない。 しかしそれでもジョセフは、目の前の少年を『敵』として認識していた。 貴族の前でも怯えや恐怖を見せることなく、余裕綽々と言った様子で立っているジョセフ。 それを見るギーシュの気分がいいはずもない。勢い良く薔薇の造花を突き付けると、芝居がかった態度で、ジョセフに向けてというより、周囲の観客に向けたセリフを叫んだ。 「いいだろう……どうせ老い先短い人生だ、この武門の名門グラモン家嫡子、『青銅』のギーシュ・ド・グラモンがお前の人生に美しくピリオドを刻んでやろう! ああ……そうそう、お前に一つ言っておく事がある」 自分の世界に陶酔し切ったギーシュは、セリフを吐くごとにどんどん自分のカッコ良さとやらに耽溺していく。周囲の人垣からもちょっと笑い声が混じる。 しかしジョセフはそれに頓着する様子もなく、右手の小指で耳をほじりながら口を開いた。 「次にお前は『僕はメイジだ。だから魔法で戦う。まさか文句はないだろうね』と言う」 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。まさか文句はないだろうね……ハッ!?」 ドッ、と笑い声が周囲から上がる。 優雅さを気取っていたギーシュの顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まったのは言うまでもない。 「……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ……貴族への軽口の代償を平民が払い切れると思うなッ!!」 著しくプライドを傷付けられたギーシュは歯軋りさえしながら、力任せに薔薇の造花を振り下ろす。 一枚の花びらがゆらゆらと宙に舞ったかと思うと、それは瞬時に膨れ上がり、あっと言う間に女性型の巨大な人形へと変貌した。 青銅の緑に輝く『彼女』の背丈は200サント、ジョセフより僅かに高い。 フォルムも美しい流線型で、女性の美しいボディラインを再現しきっていた。四足歩行やキャタピラということもなく、両腕両足のスタンダードな二足歩行型だった。 「あははははははっ、見ろ! これが『青銅』のギーシュが生み出す美麗なゴーレム……その名も『ワルキューレ』だ!」 既に勝利を確信したギーシュの高笑いと、これから始まる惨劇を期待する観客達の熱い視線がジョセフを包み込む。 だがジョセフ本人は、ワルキューレと称された人形をただ観察していた。 (ほう。青銅とかなんとかのたまってたが……だとすると青銅製の自動人形じゃと考えていいわけじゃな。あれだけ自信があるんじゃから、実際の攻撃力もそれなりにあるんじゃろ。……んまあ、殴られたら痛いじゃろうなァ。なかなか重そうな腕をしとる) 耳をほじっている右手を下ろしながら、ゆっくりと波紋を練り込んでいく。 うっすらとジョセフの身体が発光するものの、昼下がりの日差しの中でほのかな光に気付く生徒はあまりおらず、数少ない生徒達も目の錯覚だと断じてしまった。 「さあ行けワルキューレ! 不遜な平民を痛めつけてやれ!」 ギーシュがその言葉と共に薔薇を振り下ろした瞬間、ワルキューレは短距離走選手のような速度とフォームでジョセフへと駆けていく。 ギーシュは勝利を確信し、シエスタは両手で覆った顔を背け、キュルケは養豚場の豚を見るような目をし、ルイズは部屋で不貞腐れ。 ジョセフは慌てず騒がず、自分に駆け寄ってくるワルキューレが勢い良く左腕を振り上げ、風を切り裂いて自分の頭上に振り下ろされる拳を眺め―― ついさっきまで耳をほじっていた右手の小指を、す、と差し出す。 それでワルキューレの拳は完全に止まった。 「………………なっ………………?」 理解できない光景が展開していた。 図体が大きいとは言え、ジョセフは間違いなくメイジではない。ただの平民である。 だが、ワルキューレの渾身の一撃は、無造作に差し出されたジョセフの小指で完全に止められていた。 「んあー。いい一撃じゃったのう。ただ一つ問題があるとすれば……」 ワルキューレは自らの全体重をかけてジョセフを押し潰そうとするが、まるで老人は巨木でもあるかのように老人はびくともしない。かと言って後ろに引こうとしても、まるで地面に吸いつけられたように足が動かない。押すも引くも、ワルキューレには許されなかった。 「このワルキューレちゃんのパンチよりか、わしの耳クソの方がより手応えがあるってぇことじゃないかのォ?」 事も無げに言い放つジョセフは、あくまでも飄々とした態度を崩していない。 対してワルキューレは全身を軋ませるほど無理な駆動を強いても、そのままの体勢から身動き一つすら取る事ができない! 「ばっ……馬鹿な! 貴様ッ……何をしたッ! 何をしている!?」 懸命に薔薇を上下させながら、ギーシュは絶叫にも似た問いを投げ付ける。 「そんぐらい自分で考えんと成長できんぞ、お貴族様のお坊ちゃま」 差し出した指先に蝶を止まらせてますよ、と言わんばかりの涼しげな声で答えを返しながら、ジョセフはワルキューレの腹に左手を当てた。 (ハーミットパープルッッッ) 紫の茨はワルキューレの内部でくまなく伸ばされる。万が一にもワルキューレの外に茨を出して観客達に見えてしまわないよう、そこだけは十分に注意する。もはや波紋は見せるしかないとは言え、切り札であるスタンドはまだ注意深く隠しておかなければならない。 一瞬のうちにワルキューレの内部は紫の茨で占められる。 どう戦うにせよ、相手の正体を把握せねばならない。その為にハーミットパープルを発動させ、内部構造を理解する。 (ふうむ。中はかっちり隙間なく青銅じゃな……関節もいい感じに作っておる。おそらく魔力とやらで動かしておるんじゃろうが……この魔力は、生命エネルギーとおおよそ同じと考えていいじゃろうな。 そもそも四大元素が自然の中に存在するエネルギーと考えれば、波紋の親戚のようなモンと言ってもあながち間違っちゃおらんのう) 解析し、大体の見当を付けるまでおよそ五秒。 ハーミットパープルを解除し、左手を離し―― (果たして波紋は魔力に干渉するのか! まずはそれを試すッ!) 「たっぷり波紋を流し込んでやろう!! 響け波紋のビィィィィィトッッッ!!!」 気合一閃! ジョセフの左アッパーが、動きを封じられたワルキューレのボディにめり込み…… コンマ数秒前までワルキューレだった残骸は美しい青空をバックに空高く飛び散り、ヴェストリ広場に降り注いだ。 地面に金属が盛大に降り注ぐ音と鳥の鳴き声が、時ならぬ静寂の中では大きく聞こえる。 薔薇を振りかざしたまま固まるギーシュ。地面に散らばったワルキューレの残骸やジョセフを見つめる観衆。 アッパーカットを振り抜いた体勢のまま固まるジョセフ。 (あ……あっれェ~~~~~? い、今……何が、起こったんじゃ……) 高々と掲げられた左手を包む手袋の中では、使い魔のルーンが鮮やかに輝いていた。 しかし手袋の中で輝いても、ジョセフ自身の目にも見えはしない。 (波紋って……こんなに強かった……かのォ~~~~~~!!?) To Be Continued →
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第一章 死と再生 第二章 乱心の『ゼロ』 第三章 誇りを賭けた戦い 第三章 誇りを賭けた戦い-2 第四章 平穏の終焉 第四章 平穏の終焉-2 第五章 二振りの剣 第五章 二振りの剣-2 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~ 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~-2 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~-3 第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~-4 第七章 双月の輝く夜に 第七章 双月の輝く夜に-2 第八章 王女殿下の依頼 第九章 獅子身中 第十章 探り合い 第十一章 土くれのフーケの反逆 ~ またはマチルダ・オブ・サウスゴーダの憂鬱 ~ 第十二章 白の国アルビオン 第十三章 悪魔の風 第十四章 土くれと鉄Ⅱ ~ 誉れなき戦い ~ 第十五章 この醜くも美しい世界 第十六章 過去を映す館 第十七章 真実を探す者、真実を待つ者 第十八章 束の間の休息、そして開戦 第十九章 夕暮れに昇る太陽 第二十章 タバサと小さなスタンド使い-1 第二十章 タバサと小さなスタンド使い-2 第二十一章 惚れ薬、その傾向と対策 第二十二章 過去 第二十三章 惚れ薬、その終結 第二十四章 怒りの日 前編
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まるで鮮血で染まったかのような紅い空で、二つの影が、同じく二つの月をバックに対峙していた。 一つの影は、シルフィードを駆るタバサ。 そして、もう一つは右手に杖を握り、フライの魔法で浮遊するルイズであった。 普通ならば、このような対比は有り得ない。 何故なら、フライの魔法で飛行していると、他の魔法を使う事が出来ず、戦闘では的以外の何者でも無いからだ。 しかし、ルイズは違った。 フライの魔法で空を飛んでいた所で、今の彼女にはホワイトスネイクが居る。 生半可な魔法など、その両の手で叩き落し、接近戦であるならば、通常の人間以上の動きで攻撃を仕掛けてくる。 さらに、その手は頭部に触れると問答無用で対象の『記憶』をDISCとして引き出し、魔法すら奪う、悪魔の手だ。 近づけば負ける。 だが、それは反面、近づかなければ負けないと言う事でもある。 フライの魔法は空を飛ぶのに確かに便利であるが、風韻竜である自分の使い魔には速度と移動距離、共に劣っている。 さらに言えば、向こうはフライで飛んでいる限り、接近戦しか出来ないが、こちらは魔法を遠距離から唱えられる。 相性的に言うのであれば、自分達は敵に勝っている。 しかし、タバサは心の底から湧き上がる不安感を拭い去る事がどうしても出来なかった。 「ウオシャアアアアアアアアアアア!」 獰猛な毒蛇を思わせるホワイトスネイク独特の声と共に繰り出されるラッシュは、ルイズの元へ飛来してくる氷の矢や空気の塊、風の刃を全て叩き落す。 今の所、ルイズにダメージはゼロだが、それは向こうにも言えた事。 攻撃を叩き落しながら、シルフィードを追いかけているルイズであったが、向こうのスピードは自分のフライの速度よりも速く、このままでは何時まで経っても追いつく事が出来ない。 追いつけなければ、自分のホワイトスネイクを、あのクソ生意気な眼鏡の顔に叩き込む事が出来ないのだ。 (空中戦じゃあ勝ち目が無い! でも、だからってどうすれば良いの!?) 二度目であるはずのホワイトスネイクの戦闘運用であるが、効率的な運用方法がルイズの頭には浮かんでこない。 戦いとは、装備やそれを使う者の能力も必要であるが、最も重要なのは経験である。 何時、何処で、どのようなタイミングで繰り出すのが効果的なのか。 戦闘のセンス、或いは。戦術的な戦い方。 それらを鍛えるには、戦いの中で、自分で学び取るしかない。 一度目の戦いの時は、そんなものは必要無かった。 ホワイトスネイクは相手のワルキューレの何もかもを上回っていたし、勝負自体も一瞬で片付いた。 しかし、その一瞬で片付いた所為で、ルイズは戦いにおける経験を、まったくしていない。 模擬戦すら、まともに行っていないルイズには、諸事情により、ちょっとした百戦錬磨になっているタバサの相手は荷が重い。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」 タバサの詠唱が空に響く。 先程の氷の矢では無く、一回りも二回りも大きい、氷の槍。 蛇のようにシルフィードを回るその槍が、一直線にルイズへと襲い掛かる。 「ホワイトスネイク!!」 「不可能ダ」 あのサイズともなると、完全に弾くのは無理がある。 元の自分の性能なら可能だろうが、ルイズが本体となってから、ホワイトスネイクの破壊力は一段階下がっている。 無理を悟ると、ルイズはフライの魔法を切り、朱色の空から落下する。 その後を追うジャベリンに、キュルケのDISCから引き出した炎が喰らいつく。 外面は一気に気体にまで昇華させたが、芯は、まだ形を保っている。 「弾きなさい!!」 右腕を振るい、小さくなった氷の槍を弾く。 しかし、魔法による串刺しは免れたが、目の前まで迫った地面による死が間近に迫っている。 フライ、否、間に合わない!! 「なら、浮きなさい!」 フライよりも詠唱の短いレビテーションにより、墜落死の運命を書き換える。 だが、浮かぶ事しか出来ないレビテーションは、フライなどよりももっと、もっと簡単に当てる事の出来る的であった。 「来ルゾ!!」 二本目のジャベリンが、ルイズの身体に風穴を開ける為に、放たれる。 冗談じゃない。こちとら、嫁入り前なのよ、 すでに地面に近かった為、レビテーションを切り、地面へと着地する。 そして、ありったけの魔力を込めた火球をもう一度、ジャベリンにぶち当てた。 ジュウウウウと言う耳に残る音と共に、結びつきを無くす氷達は、芯すら残さずに空気中へと拡散する。 そうして拡散した水蒸気は、霧雨のようにルイズとホワイトスネイクを取り囲む。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」 そして、紡がれる詠唱。 その詠唱にルイズの頬が引きつった。 この呪文は、確か空気中の水蒸気を凍らして、氷の矢とする呪文……即ち――― 「チェックメイト」 タバサの無機質な声が、終わりを告げる。 ルイズの周囲を囲む水蒸気が、一瞬にして50を優に超す数の氷の矢に変質し、目標へと一斉に放たれた。 キュルケは走っていた。 いや、片足を引き摺り、動く度に口元から溢れ出る朱色ののものを拭う彼女は、予想以上に歩みが遅く、彼女は走っているつもりでも、他人から見ると歩くよりも遅く歩を進めていた。 顔は苦悶の表情しか表さず、動くだけで激痛を彼女が感じている事を物語っている。 だが、止まらない。 否、止まれない。 「すっごい……わがままなのよ……私はっ!」 紅い液体と共に吐かれた言葉は誰に向けたものなのか。 少なくとも、自身では無い。 キュルケは、基本的に良い奴と言う認識が、学園ではされている。 勿論、その明け透けな性格から恨みを買う事も多いが、友人間の間では広く信頼され、頼りにされている。 だが、キュルケ本人は自分の事を、すっごい我侭な奴と思っている。 自分は、自分のしたい事しかやっていない。 誰かを好きになったから、その人と愛を語り、誰かが困っているなら、自分が相談に乗りたいから相談に乗る。 元にあるのは全て、自分の意思。 これを、我侭と言わずなんと呼ぶのか。 キュルケは、くすりと微笑みと血を口元に張り付かせる。 今だってそうだ。 あれだけ拒絶され、殺されそうになるぐらいに恨まれている娘に自分は会いに行こうとしている。 あの娘らしく無い。 ただそれだけを戒め、そして出来ることであるならば、また共に歩きたいと思うが為。 言ってしまった言葉は戻らない。 やってしまった行動は覆らない。 「だから……どうしたって……言うのよ」 そんなことは知っている。 だから、どうした!? 覆らないのならば、戻らないのならば、償わなければならない! そうだ……向こうにそんな気が無くたって、私は、私は!! 「私は……あの娘の味方でありたい―――!!」 最後まで絶対に諦めない!! 周囲を囲む50を超す氷の矢に、ルイズの思考は一瞬停止する。 頭に浮かぶのは、氷の矢で串刺しになり、屍を晒す自分の姿。 それがあんまりにも、おぞましくて、ルイズはその運命に抗った。 「アァァァァアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!」 天を轟かさんばかりの咆哮と共に、ホワイトスネイクの腕と足が、ルイズを中心に四方八方へと繰り出される。 拳打と蹴打の結界。 限界を超えんとばかりに振るわれる四つの衝撃の前に、氷の矢は次々に塵芥へと還っていく。 その数―――10―――20―――30―――40―――44!! 44も守りぬけた事を褒めるべきなのか、それとも、完全に守りきれなかった事を貶めるべきなのか。 ホワイトスネイクの拳が44個目を砕いた時、続く45本目がルイズの右肩を貫いた。 「あぐっ!」 スタンドのダメージが本体に伝わるように、本体のダメージもまたスタンドへと伝わる。 ルイズの右肩のダメージにより、右腕を使用できなくなったホワイトスネイクの結界に綻びが生じる。 46、47本目を砕くが、48本目が今度は、ルイズの横っ腹を直撃した。 同時にホワイトスネイクにもダメージが伝わり、動きが一瞬停止してしまった。 後は、もうどうにもならなかった。 なんとか頭部へと覆い被さる事で、本体の頭へと矢が刺さる事を阻止したが、それ以外の場所には余す事無く矢が突き刺さる。 「――――――ッ!!」 もはや、声すら出なかった。 殺到する氷の矢は、強姦魔の如く、少女の身体を自らの身体を持って陵辱する。 穿った場所から滴る血は、氷の矢が纏う冷気により、瞬時に固まり、無用に血で彩るのを禁止する。 それは、一つの彫刻であった。 少女から生える、無骨な氷の長躯。 彩るは、鮮血の朱色と桃色の細糸。 黒のローブを地とするそれらは、見る者にある種の感動すら沸き上がらせるだろう。 まだ幼き少女を、その彫刻へと変えた蒼の少女は、自らが駆る竜から降り、地面へと降り立った。 蒼の少女は、竜に何事かを伝えると、竜は僅かに頷き、空へと消えていく。 それを確認してから、少女は右手に杖を握り締めながら、ゆっくりと口を開いた。 「復讐に我を忘れ、力に酔った貴方は……危険」 それは果たして、桃色の少女にだけに向けた言葉だったのか。 蒼色の少女が、桃色の少女を見る目は、まるで自分の末路を見るように、絶望に彩られている。 復讐の失敗者を処断する、復讐者。 その、あまりの憐れさに、蒼色の少女は絶望していた。 絶望していたが……油断はしていなかった。 彫刻と化した少女から漏れる僅かな呼吸音。 驚くべき事だが、あの少女は、全身を氷の矢で貫かれていながら、まだ生きているのだ。 おまけに、その絶え絶えな息は、規則的では無く、少女が今だ意識を保っている事をタバサに告げていた。 「このまま、貴方を生かしておく訳にはいかない」 もし、このまま彼女を生かしたままとすると、彼女は間違いなくタバサの前に立ち塞がるだろう。 自らを傷付けた、その代償を貰いに―――――― 今回は、辛くも勝利したタバサであるが、次がどうなるかは分からない。 いや、今回のような真っ向勝負になるのなら、まだ良いが、日常に、あの白い使い魔が牙を剥いて来たとしたら…… ルイズを生かしておく事に、メリットなど存在しなかった。 「完全なるとどめを……刺す……」 他の学生達と違い、ある事情から自国の厄介事を請け負っているタバサは、人を殺した経験も勿論あった。 初めてで無い事に躊躇いなど存在しない。 ただ、ルイズを殺したら、キュルケと、これまで通り友人してやっていけなくなるであろう事を考え、それだけが胸に僅かな痛みを抱かせた。 (…………ごめんなさい) 心の中で友人に謝罪し、詠唱を始めようとした時、ルイズの身体が小刻みに振動し始めた。 「――――――くっ―――くくっ―――クククッ―――ク――――」 笑いを必死に噛み殺しても、噛み殺しきれない笑いが喉を、身体を揺らしている。 その認識にタバサが至ったと同時に、杖を握っていた右腕に激痛が奔る。 焼き鏝を直接当てられたかのような痛みの原因は、地面から伸びる青銅の剣。 鉄よりも柔らかいが、肉を断つには、まったく問題無いそれが、タバサの右腕に突き刺さっているのだ。 咄嗟に呪文を放とうしたが、今度は槍が地面から生え、杖を弾き飛ばす。 「あは―――あはは―――アハハハハハハハハハハハハッ!!!」 そんなタバサを、ルイズが哂いを噛み殺すの止め、耳元まで裂かんばかりに口を開き、禍々しいまでの嘲笑を持って、見つめていた。 その顔に苦悶は無く、まるで痛みすら感じていないようである。 「不思議かしら? あんな串刺しにされながら、呪文の詠唱を終えていた事が? んっ?」 ルイズの言葉に、タバサは耳を貸さない。 確かに疑問はある。 あんな傷だらけの身体では、痛みによって詠唱の為の集中など出来ないであろうに、彼女は自分が降り立つまでに錬金の詠唱を終えていた。 それは、つまり、あの串刺しの最中から詠唱をしていた事に他ならない。 「私のホワイトスネイクは『記憶』をDISCとする。 そして抜かれたDISCの『記憶』を失う。 これはその応用なんだけど、『痛覚』を『記憶』DISCにして抜いた訳よ。 痛覚さえ無ければ、痛みで詠唱の集中を邪魔される事も無かったわけ」 耳を貸すな……あれは、優越から来る油断だ。 今、この状況を打開するには、この油断の最中しかない。 考えろ、考えろ、考えろ。 この状況を打開する手段を。 「正直、あんたがここまで頑張れるなんて思わなかった。でも、それもお仕舞い。 ホワイトスネイク! あいつのDISCを私の手に!!」 傷だらけの白い身体が、歩き始める。 ルイズの元から離れ、ゆっくりとタバサの方へと。 「怖がる事は無いわ。 あんたの場合は、『才能』も『記憶』も両方奪ってあげる。 苦痛なんて無い……だから安心して、眠りなさい」 謳うように諦めろと言うルイズにタバサは、僅かに口に動かす。 「――――――――――――」 「何? 何か言い残す事でもあるの?」 遺言ぐらいなら聞くわよ、と言うルイズに、タバサは確りと首を振り 「遺言では無い。もう十分と言った」 確りした口調でそう言った。 「もう十分? 何、もう十分戦いましたとでも言いたいの?」 「もう十分引き付けた。後は貴方の仕事」 タバサの言葉に答えたのは、風を切り裂くブレスの轟音であった。 「風竜!? そんな、今まで何処に!?」 ルイズは知る訳が無い。 頭上でブレスを吐いたその竜が、すでに絶滅されたとする風韻竜であり、その身を今まで先住魔法により、空と同化させていたなどと。 いや、知っていた所で、これからの結末を変える事など彼女には出来なかった。 「ぐっ、ぐぐぐぐっ―――!」 無理矢理に身体をブレスの着弾点から移動させようとするが、彼女の身体の足は、すでに足として機能できないまでに壊れている。 例え、痛覚が無くなっていたとしても、壊れているモノは動かない。 頼みの綱のホワイトスネイクも、タバサの近くへ行っている為に間に合わない。 「――――――――――――――――――あっ」 今まで立っていた事が奇蹟のルイズの身体は、無理矢理に動かした事により、 ゆっくりと地面へと倒れ落ちようとしていた。 このまま倒れ落ちたら、多分、死ぬ。 いや、倒れなくても、このままブレスの直撃を受けて…… そこまでルイズの思考が辿りつくと、その先は、もうゼロだった。 何も考えられない。 何も考えたくない。 無我の境地と言えば聞こえは良いが、それは、現実を拒否する者の至る所。 忘却の果てのゼロに至ったルイズは、ぽかんとした顔で自分を完膚無きまでに 破壊するブレスを見上げ――― 「ルイズ!!」 何処か懐かしい、赤髪の少女に突き飛ばされた。 「そうして……君は“此処”に辿りついたと言う訳か…… ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 何もかもを委ねたくなるような、壮言な響きにルイズは、顔を上げた。 そこには、柔らかそうなキングサイズのベッドに身体を横たえ、ワイングラスを片手に大きな本を読む半裸の男が居た。 何者だろうこの男? いや、それよりも、此処は一体? 「“此処”において名などあまり重要では無い そんなモノで分類できるものなど、存在しないのだからな。 まぁ、それ以上に、私にとって名前は、意味は無い。 所詮、今の私は、君のスタンドの『記憶』から作り出された残滓なのだからな」 人の考えを読むように、疑問に答えた男は、僅かにワイングラスを傾け、それを口元へと運ぶ。 「そして“此処”だが……“此処”は君の中だよ、ルイズ」 私の……中? 「正確には、君の中に居るホワイトスネイクの『記憶』と 君の中の『才能』により、復元された『世界』だ」 どういう意味? 私の才能? それに世界って…… 「本来、ホワイトスネイクは『記憶』を扱う能力しか無い。 だが、あるスタンドと融合する事で、人々を天国へと到達させる存在へと成る。 あぁ、そんな怪訝そうな顔をするな。天国と言っても精神的なものだ。 何も、全ての者を死に絶えさせる存在じゃあ無い。 特異点へと加速をし『ゼロ』へと至る、そのスタンドの名を 『メイド・イン・ヘヴン』と呼ぶ」 そこで、一拍置き、私の理解できない頭を余所に男は話を続ける。 つうか、さっきの質問の答えにまるでなって無いわよ。 「天国へと至る為に、最も必要なのは特異点へ『ゼロ』へと至る事だ。 何故ならば、時の加速は、『ゼロ』に対する引力によって行うからであり、その場所に至らなければ、天国を実現することなど夢のまた夢」 さっきから『ゼロ』『ゼロ』『ゼロ』腹が立つんだけど…… と言うか、あんた、一体何が言いたいの? 「済まなかったな。では簡潔に言うとしよう。 ルイズ、君にはすでに天国へと至る準備が整っている。 特異点であるはずの『ゼロ』を内包し、天国へと至った『記憶』を持つホワイトスネイクを従える君には、辿り付けるはずなのだよ。 我々が望んでやまなかった。全てが『覚悟』を元に、運用される、天国に……な」 言っている事が訳分からないし、まぁ、でも、なんというか…… あんた……私に何かやらせる気なの? 「私がやらせる訳では無い。 全ては引力により、動いている。 人が誰と出会い、誰と恋し、誰と殺しあうのか。 全ては引力により決定され、我々にそれを変える術は無い。 その術を持つのは、『始まりから終わり』を持っている君だ。 君だけは、どんな世界であろうと『運命』の束縛に縛られる事は無い。 故に、君が天国へと至るのであれば、それは君の意思によるモノだ。 なぁに、難しく考える事では無い。 残念だが、今の君ではまだホワイトスネイクすら完全な性能で扱えていない。 今は成長の時だよ、ルイズ。 友と競い、学びあい、談笑しろ。それが君の精神を高め、スタンドを強める鍵となる」 …………私に……そんな相手なんか…… 「果たしてそうかな? 忌み嫌う相手だとしても、少し見方を変えるだけで、違って見えてくる。 私もそうだった。見下し、忌み嫌っていた相手が、無くてはならない友であることに気が付いた。 今では、もはや彼と私は文字通り、一心同体だがね」 ………………………………………………………………………… 「さぁ、目覚めるが良いルイズ。 君にとって必要な友を助けるか助けないかは、君が判断すれば良い」 ……助ける? 私……誰を助け………… ――――――ルイズ!!―――――― …………キュルケッ!! なんで!? どうして、私なんか…… 貴方の才能を奪って『ゼロ』にしたのは、私なのに……どうして!? 「それが友と言うものだからだ…… さぁ、もう行くが良い。それと、このホワイトスネイクに残滓として残っている『世界』を君に預けよう。 どうせ、『記憶』に過ぎない私には扱う事など出来ないのだからな。 もう、僅かな力しか残っていないが、相応しい持ち手にDISCの選定者である君が渡してくれたまえ……」 男はそう言うと、私の頭に、自分の頭から取り出したDISCを挿し込む。 すると、ベッドしか無かった空間に靄が掛かり、少しずつ何もかもが消えていく。 そうして、全てが消えたと同時に、私の頭は、この出来事すら忘れて現実へと帰還していった。 「キュルケッ!!!」 ルイズは、自身を突き飛ばした赤髪の少女の名を叫ぶ。 自身を呼ぶ声に気付いたキュルケは、ルイズへ微笑み、最後に鮮血で真っ赤に染まっている口元を動かす。 ――――――ごめんなさい―――――― それが謝罪の言葉であると理解した瞬間、ルイズの頭を血が駆け巡る。 もうキュルケのすぐ傍まで迫ったブレスが、彼女を吹き飛ばすのに、後一秒も掛からない。 一秒……それで十分だ。 何が十分なのか良く分からないが、とにかく十分だとルイズは感じていた。 その感覚は、吐き気を催す程の不快さをルイズへと与えてくるが、それに耐え、ルイズは、自分の身体に宿る、ホワイトスネイク以外の何かを『発動』させた。 キュルケは死を『覚悟』していた。 無論、自分には、まだまだ先があり、これから先、もっと生きていたいと言う欲求は確かにあった。 しかし、その欲求は、目の前で今にもブレスでバラバラにされそうな少女を見殺しにしてまで叶えたい願いでは無かった。 穴だらけのルイズを突き飛ばし、自分もブレスの着弾点から離れようとしたが、 すでにホワイトスネイクに踏みつけられた事で負傷をしているのを、鞭を打って移動していたキュルケの身体は、最悪のタイミングで限界を迎えてしまった。 先程のルイズと同じように崩れ落ちる身体。 ふと、キュルケはルイズと目が合った。 色々と言いたい事はあったが、この一瞬で伝えられる事は限られている。 だからこそ、彼女は、心の底からの謝罪の言葉を口にした。 「ごめんなさい……」 残念ながら、満足に口が動かず発音は出来なかったが、なんとか伝わってくれただろうか。 そんな疑問を胸に抱きながら、キユルケは死を受け入れようと目を瞑り…… 凄まじい衝撃音を耳にした。 あぁ、自分は死んでしまった、とキュルケは感じた。 あの物凄い轟音は、ブレスが着弾した音で、自分はその着弾点の中心でその音を聞いている。 (死ぬ時ぐらいは、もっと静かに死にたかったと言うのに……耳を塞げば、聞こえなくなるかしらねぇ) ルイズを助けた事で、何も思い残す事は無くなったキュルケは、何時も通りのノリに戻り、他愛も無い考えをつらつらと考えていた。 (お迎えは、まだかしらねぇ……と言うか、あの世に良い男って居るのかしら?) まぁ、あの世なんだから、良い男ぐらい居るでしょ、と自分で自分の疑問に答えたキュルケは、なんというか、違和感を感じ始めていた。 死んだはずだと言うのに、なんというか、痛い。 ルイズの使い魔に、踏みつけられた背中と、たぶん中身のどれかが潰れた腹の中が、もの凄く痛い。 (何よ! 死んでも痛みって感じるなんて、ちょっと! どう言う事よ!?) そんな理不尽な文句を、誰とも言えぬ誰かに言っていたが、 何者かに身体を抱き起こされる感覚に、キュルケは閉じていた目を開く。 そこには、桃色の髪を血で紅く染め上げた少女が、泣きそうな顔で自分を見つめていた。 ―――ルイズ……なんで?――― 疑問を口にしたかったが、声が上手く出ない。 それでも、ルイズには伝わったのか、自分もボロボロな癖に身体を持ち上げ、なんとか立ち上がらせてくれる。 そうして、見えたきた光景にキュルケは目を丸くした。 自分のすぐ横、その地点が、滅茶苦茶に抉れている。 間違いなく、シルフィードのブレスによる痕跡である。 しかし……何故? キュルケは、自分は確かにあそこに居たはずなのに、何故、位置がズレているのか、 もの凄く疑問だったが、その事をルイズに訊ねる前に、自分の頭に何かが入ってくる感触が彼女を襲っていた。 その何かは、まるで最初から自分の頭の中にあったように、ピタリとハマり、キュルケの中にあった喪失感を、まるごと消去する。 「……返す」 素っ気無いルイズの言葉に、キュルケは、ようやく、この少女が自分を取り戻してくれたのを悟るのであった。 ホワイトスネイクは、最初、何が起こったのか理解していなかった。 ただ、上に居る竜の吐いた何かに本体が潰されるのを、赤髪の女が庇い――― その女が、まるで『時を止めた』かのように、着弾点から一瞬で移動していた。 (コレハ……ルイズ……君ガ?) ホワイトスネイクは、彼にしては珍しく混乱していた。 時を止める。 その力は、彼の知る限り、両方共、消失しているはずであった。 一つは、彼自身の手で葬り、もう一つは、彼自身が取り込んだ。 なのに……何故? 赤髪の女を助け起こし、才能のDISCを返却する本体に目もくれずに、ホワイトスネイクは、ルイズが先程まで立っていた場所を調べる。 すると、そこには、一枚のDISCが落ちていた。 DISCの表面には、屈強な肉体を持つ右半身が砕けた人型が見て取れる。 DISCに封じられし、スタンド名は『世界』 ホワイトスネイクが吸収し、内に取り込んだはずのスタンドであった。 第四話 戻る 第六話